マスター 神は何人いるのですか どうして聖書では 「私以外にあなたは 他の神を信じることが できない」とあり それは私達が キリストだけを信じて 仏陀を信じては いけないと いう意味ですか 違います それは旧約聖書の ことですね 旧約聖書で 言っていることは 「私は嫉妬深い神で あなたは私以外の どんな神も崇拝しては いけない」 これは修行の一つの レベルの表現です これは古代の修行者の レベルで 彼が書き留めました さて 私達観音 修行者が天に行ったと します 

すると 私達のレベルは どんどん高くなります そんなようだとします それである日私達が いわゆる嫉妬の神に 会うことができます 神はあなたにも教え 「私が唯一であり あなたは他のものを 信じてはいけない」 他の神を絶対に 信じてはいけない」と でも私達はマスターが 高い場所に連れて行く ことを知っています より高いレベルに 行くと 私達は 異なった境界の多くの 神に会うことができ 彼らは異なった場所を 担当して そして 別のことを教えます

彼らが教えることは 究極の真理でないかも 後で より高い境界に 行くと私達は 嫉妬の神は低い レベルだと知ります それで彼はそのような ことを言うのです 観音法門を 修行すれば ある日あなたは 体験し 嫉妬の神を 見るでしょう 私達の教師は マスターの目を 見ることで悟りを開く だろうと言いました 本当ですか マスターどうか私達の 質問にお答えください ありがとうございます あなたの先生の事です 私に何を 言って欲しいのですか

あなたの先生が 言ったことは正しいに 違いなく なぜなら あなたの先生だから 私はあなたの先生が 間違いとは言えません マスター  私はこのはかない 世界を離れ 二度と戻りたいと 思いませんが  同時に私はこの世界に 非常に執着しています どうしてこう考えが 矛盾するのですか それは私たちの体には 多くの穴があるから 私達は自分の体の中に 留まっているのが 心地よく感じます 私があなたを上に 連れていくとき あなたは戻りたがり 隠れる穴を見つけ たがってるようです 同様に私達は この世に滞在するのに 慣れています そこに上がっても より美しい世界を 見つけることが 出来ないのを恐れます もちろん 安心は感じられません

ともあれ私達が 観音法門を修行し より長く修行するほど 私達はこの世界への 執着がより少なくなり 修行始めたばかりでも 執着はより少なく なるでしょう 例えばある学生が 私に手紙を書いて 教えてくれました 彼はすでに印心したが 彼は肉食に戻り 修行を止めました なぜなら他の人達が 私に関して悪いことを 言ったからです それでも彼はもはや テレビを見られません 以前彼はテレビを見て カラオケに行って 音楽を聴いて楽しんで 飲んで食べるのが 好きでした

今の彼は違います それ以上のものに 興味を持ちません 彼が修行するのを止め そしてそれ以上 私を信じず 他の人の言葉を信じて 肉食に戻りましたが それでも彼は 依然としてこのような 世界を手放せました 自然に世界を 手放したのです それは私が皆さんの カルマ(報い)を きれいにしたからで 突然皆さんはこの世へ 執着がないと 感じます  でないとこの世界を 手放せません 意味が分かりますか それは皆さんが 縛られているからです

今私がこのように 鉄の鎖を断ち切った ので皆さんは自然に 自由になるでしょう 観音法門を修行すれば 皆さんはもはや この世界に 執着しないでしょう マスター  あなたの講義が 毎週日曜日の夜に  台湾ラジオ局の 「マスターの開示録」 の番組で 放送されていますが たったの三十分だけで 短すぎます 番組の放送時間の 延長は可能でしょうか 皆様はどう思いますか 私は検討してみます テレビで三十分 放送されれば 既に 長いと言えませんか ラジオ局にとっては かなり長いはずです

私は検討してみます マスター 私は 生れ付きの陰陽眼で 自然と鬼神が見えます 大変煩わしく感じて いますが どうしたら 良いか解りません それらの存在を 見ないよう いかに 克服すればよいですか それはあなたの天眼が まだ開いておらず 代わりに鬼眼が 開いているからです 方法があります 眼にテープを貼って 覆ってしまうことが 出来ます ええ あなたのような 人々がいます 昔 私のマスターで 彼は正しい法門を 修行する前に 間違った方法で 自己流で瞑想しました そして彼は滅茶苦茶な あらゆる物を見ました

それで彼のマスターに 頼んでこの眼を塞いで それ以後 彼は 見えなくなりました 彼は観音法門を修行 し始めてからでさえも これらのものに 邪魔されました 彼はここに座っていて 台南で彼らが何か 悪事をしていることや それらの鬼神達が 何を知ったか 見ることができました これは私達にとって 何の役にも立ちません 私達には幾つかの 解決方法があります 観音法門の修行も その鬼眼を 塞ぐことができます マスター あなたの言及される 観音法門とは 六祖慧能が五祖弘忍に 尋ねた法門ですか あるいは六祖慧能が 五祖弘忍から伝授され 開悟した 

その法門と 同じでしょうか はい 同じです マスター私はしばしば 私の前に神がいると 感じますが これは私の幻想ですか あるいはそれは何かの 暗示なのでしょうか 幻想かもしれません マントラを唱え それが去るかどうか 試せます 放っておいて下さい 放っておけば良いです マスター 私達は 慈善を行う時 報いを 求めるべきでないです しかし私は善行を するとき その瞬間は それを考えませんが しばらくした後 これらの情景が 心に 浮かぶことがあります なぜこうなるのですか どう克服できますか 大丈夫です

想い出したなら 返済を 求めない限り 思い出しても 構いません 思い出すたび ただ それ以上やりなさい 分かりますか それ以上やることを 思い出せるものです マスター 私は印心を 受けていません  しかし 幽体離脱の 体験を二回もしました 先ず足から痺れて ぶるぶる震えます それからエネルギーが 頭頂のチャクラまで 上がってきました 魂が離脱した際 耳にすごく大きな 振動がありました しかし 頭から離脱 したと感じていました 最初離脱した時 私は怖いので 引き戻しましたが 二度目は 楽にさせました

その時 釈迦牟尼仏  観世音菩薩を見ました ただ 彼らは 何も話しませんでした 何で起こったのか 教えて頂けますか 時々 正式な印心が 不必要です 分かりますか 沢山の種類の印心が あると以前からも 話しました 時折 化身マスターによって 印心を与えられます 時折 あなたの祈りで 印心を受けられます 時には 面と向かった 正式な印心です それは完璧です ある人は私の講義を 聞いただけで霊的な 体験がありました 分かりますか 彼らも釈迦牟尼仏を 見ることができます しかし 何か深刻な 体験を言う 必要はありません

だから「即刻開悟」と 言うのです 確かにある人は 即座に悟りを開けます 私が講演するたびに 常に霊的な体験を 持つ人がいます ある人は釈迦牟尼仏や 観世音菩薩を見たと ある人は智慧眼が開き ある人は光を見たと ある人は化身 マスターを見たと これらはすべて 悟りの体験です おめでとう 問題ありません しかし 印心を 受けるべきです マスター 親孝行の お嫁さんがいて 彼女は家族のために 一生懸命働いて お金を稼いでいます 彼女は朝から晩まで ずっと忙しく 友人や親戚は 皆彼女のことを 良く言っています

しかし 彼女は 姑に乱暴に扱われて 死ぬように呪われます 苦しく生きている 彼女にとって 他人から どうすれば 彼女を助けられますか 彼女のことを悲しく 思うけど どのように 助けられますか あなたができることは 何もありませんよ 嫁姑間の問題は 昔から根深い問題です 以前もお話した ことがあるし 皆も知っています これは最も 悲しいことですね 引越しすれば 引っ越して 姑にお金を与えて またはしばしば家へ 帰って彼女を助ける のはどうでしょう たぶんこのように 二人とも無事に 過ごすでしょう

このように 姑も良く眠れますし お嫁さんも ほっとするでしょう さもなければ 彼女は 何もできません 引越ししても それほど遠くないです フォルモザ(台湾)は 小さいので 二人はばったりと 出会うかもしれません このような話は 沢山耳にしました

私達の状況に 耐えるべきです 我慢してください 世界はこのようなので 私達ができるのは 我慢することです 私達はカルマを 返済せざるを得ません 他人に物を負うから 観音法門を修行し

私達はこの生涯で 自由な魂になって この世界に二度と 戻りません 私達はこれ以上に 苦しむ必要が ありません それで大丈夫でしょう マスター あなたの講義を 聞くは初めてです とても嬉しいです 私は結婚してから 何回も妊娠しましたが 流産してしまいました 流産してしまいました 胎児は2~3ヶ月で 死んでしまいました 私は子供が大好き なので子供が欲しくて たまらないです 私に何か過ちが あるのでしょうか どうすれば良いですか ええ 家へ帰って 養子を貰って 育ててください 時々 養子を 迎えたら自分の子が 生まれることがあり 時折皆そうします

そういうことです 子供がいないので 他人の子供を  養子にしたら それで 急に2、3人の 子供ができたのです というのは 既に 物が存在すれば それは他の物を 引き付けるからです 何もなければ 何も起こりませんから マスター 私の家族は 沢山の 悪い事をした人達が 菜食をすると 思っています 私は印心を 受けたいですが どうしたらいいですか 自分で決めて下さい どうしようも ないです 私達がどんな事を しても人は非難します 彼らが何を言うか 気にしないことです

どんなよい事をしても 彼らは十分いいと 思いません 私が言ったように 何をするにしても 気持ちがよく 誰も傷つけなければ それはいいことです 私達が菜食をするのは 誰かを傷つける ことではなく 彼らを長生きさせて いるのです これは悪い事をするの ではないという事です フォルモサ(台湾)の 人々は一つの風習が あります つまり 両親が亡くなると 一ヶ月間菜食します その功徳を彼らに 上げられます 前大統領も これをやりました そうですね

前大統領も 菜食者だったと 思います そうですね 少なくとも時には お母様が なくなった時 彼は菜食をしました これは菜食は いい事だという 意味です 一ヶ月菜食するだけで すでに良いのですから いつもすると 両親にもっといいでは ありませんか なぜ悪い事なのですか その理由が見て 分かりません 論理的ですか(はい) 理に適ったことを すべきで 後は気にしない事です

マスター ここ数日あなたの 講義を聞きました 本や テープも買って家で 読み 聞きました 私は全て受け入れる ことができます そして毎回あなたが 講義を終えて 会場を退場する時の 音楽を聴くと 感動で涙が あふれます 私は少し前 一貫道の弟子になって あるマスターの教えを 受けています あなたの経の講義を 聞いてから 霊修行の必要性を つくづく感じました マスター 私は 印心を受け観音法門を 習うべきでしょうか そうです 私達は 一貫道の教えと 対立しません あなたは引き続き 一貫道にいていいです ただ観音法門を 加えればいいのです

悪くないと 思います そうですね(はい) 一貫道はまだ 観音法門を 教えていません 私が観音法門を 教えることは 花一輪を添えるような ものです 分りますか 花一輪を添えて あなたのフラワー アレンジメントを もっと美しくします マスター  皮靴を作る仕事は 間接的な 殺生ですか 少し関連があります なぜ少し 関連があるかというと ほとんどの場合 動物を殺すのは皮を 得るためではないです 意味が分りますか 動物を殺すのは 肉を食べるためです 人々は動物の肉を使い 残った皮で 靴を作ります だから少し関連が あると言います しかしその仕事を する場合  沢山修行すると 動物の苦しみを 感じて 続けてやりたく なくなります

マスター  テレビによると インドのガンジス河は とても汚れていて きれいに整備する とのことです その聖なる河は 本当に清潔なのか どうか聞きたいです ある所はとても汚く 信じられないほど 汚いです 分りますか 耐えられないほどです 見るに忍びません とても汚いです しかしある所は とても清潔で 美しいです とても清潔です あんなにきれいな 河を見た事がないです というのは 河の水はとても高い 山から流れるからです 余りにも高くて 人が入れない所から 流れた水です 私はそこに行きました ガンジス河の源に 行ったことがあります

雪解け水が河に入り 一滴一滴 一回に一滴ずつ滴り とても美しいです それを飲むと なんて素晴しいことか そこが神の地か 聖地か分りませんが とても元気になり 爽やかさと純粋さは 皆さんに伝える ことができません 自分で行って 見ると分ります 下流 一番下流に バナラシという 鹿の公園があります そこは汚いです なぜかと言うと 皆がそこに 死んだ犬 人間の死体 豚 牛の 死体を捨てるからです 人間の死体も 半分焼かれたものです インドには火葬する 風習があります 死体は 何でも火葬します

古代から このような信仰と 風習がありました 彼らは 人が死んだら 鹿の公園や バナラシ近くで 火葬すると 魂は高い 天国に上ると 信じられています それは彼らの信仰です そこで老いも若きも 男も女も 貧しい人も富める人も 皆が死体を そこで火葬します ある人はお金が ないので焚き木を 買うことができず 死体を一部だけ 燃やし 残りはそのまま ガンジス河に 捨てます というのは 人々はガンジス河に 捨てても 魂は超昇すると 信じるからです これらの 死体のために 河は汚れています 多分テレビはそこだけ 映したと思います

写真を撮るために 山頂まで上る勇気は ないと思います そこはとても寒いです そこに上って 帰らなかった人もいて 私は行きましたが とても危険です 車は入れません 歩くしかないです あんなに高い山を かなり歩きます 河は信じられないほど 深いです 分りますか 雪は山の高さと 同じぐらい深いです ある所は 車が通れますが ただ雪の中央に 経路を作る必要が あります  車は小さく 雪はとても深いです 分りますか 実際車は 大きいですか  雪道を走る時 小さく見えます ただ夏にしか 通れません 冬には通れません

誰も冬には 入れません ガンジス河の源流の 所には誰も入った ことがありません 人間の足跡もなく 人家もなく 文明もなく 汚染もありません ガンジス河の半分は 素晴らしくきれいです その水を 飲んだ時 本当に加護の力を 感じます とても冷たいからです インドは大変暑いです そこに行くには 歩くしかありません 車は通れません 体が暑くなり のども渇きますが 周囲には人家も ありません だから ガンジス河の水を 飲むと それは聖なる河だと 信じるわけです あんなにきれいな 水が見つかって とても幸せです

その水で顔を洗うと 清清しいです 水は一年中冷たいです インドがどんなに 暑くても河の水は 熱くなりません とても冷たいです だから皆が ガンジス河が好きです このためです マスター  功徳を使って 運命と輪廻を 変えられますか それとも生死の 輪廻のカルマと向き 合って始めて生死の 輪廻を超越することが できるのですか 運命はどんな功徳で 変えられますか 観音法門を 修行した功徳だけが それを変えられます 他の功徳は 役に立ちません マスター 社会には 二種類の人がいます 良い人と 悪い人です

悪い人は悪いカルマの 報いを受けますか 私は多くの悪い人が 善良な人よりいい 生活をしているのを 見ました なぜですか それはカルマです その人が前世で よい事をしたので 今生で福報が 報われているのです 今悪い種を 蒔いたものは いつかは自分の身に 戻ってきます 例えば 大分前に何かを 植えたとします 今 花が咲き始めています 花は独りでに咲くわけ ではありません 大分前に誰かが植えた 花が咲いたのです 分りますか マスター この世界の 魔をどう消滅 しますか 今が 末法の時代だとすると その期間は どれぐらいですか

末法の時代とは こういうことです これは古代の 修行者達の言い方に よるものです 彼らによりますと 世界が創造されてから 大変長い期間 栄光の世界でした 人々は善良で 世界は平和でした 人々は欲しいものは 何でも手に入り 懸命に働く 必要もなく 皆が道徳的で 長生きし 数百年 数千年 生きたといいます その時代を 黄金時代と呼びます その時代の後 世界の栄光は 減少しました 寿命も短くなり 道徳も 減少しました

これを 銀の時代と呼びます 分りますか 後で鉄の時代に 退化しました 今の時代のことです この時代を カリユガと呼びます カリユガは サンスクリット語です それを末法の時代と 呼びます なぜなら私達は余り 道徳的でないからです 私達が使っている ものの多くは鉄です 昔は金や銀で 宮殿を造りました 宮殿を造りました

今日では鉄で造ります 例えばこうです 分りますか

これを鉄の時代または 末法の時代と呼びます 末法の時代 人々の 寿命は短く 道徳に欠け 世界は 乱れています 例えばこうです これを 末法時代と呼びます 魔を消滅させては いけません 彼は彼の仕事をします 私達が道徳的で 霊修行をしていれば 彼を恐れることは ありません 彼は独りでに 消滅します 私達の 場合はそうですが 彼が必要な人がいます だから存在するのです 分りますか 例えば 悪い事をする人や 犯罪者 例えば政府に 税金を納めない 脱税者など 彼らは警察を 嫌います そうですね

彼らは 警察は悪いやつだ 迷惑千万だ 迷惑千万だ 脱税など大した ことでもないのに 警察と何の関係が あるのだ なぜ絶えず 迷惑をかけているのだ と言います 例えばこうです 彼らは警察が 嫌いなのです しかし一般の人は 誠実に税金を 払いますので 決して犯罪を犯さず 政府に反することも しません 警察を嫌ったりも しません 分りますか ある人には警察が 必要で そこに存在 する必要があります 魔も同じです 彼は彼の仕事をします 彼を嫌わないで 他の所を探して 住めばいいのです

マスター 今日私は 偶然市内に来て あなたの講義を聞きに ここに来ました 私は仏陀も分らず 法(真の教え)も 分らず 印心のことも 分りません しかしなぜ 今この時 胸がときめき 血液の循環が 早くなるのですか 不思議です 心配ありません 後でよくなります しばらくすると 時間がきて 私が離れると そのような 体験はなくなります

これは悪いことでは ありません 内面の振動力が 早過ぎて 入って来た ばかりのあなたの体が 混乱しているのです 後でよくなります マスター 私はまだ学生で 親の 援助を受けています 両親の仕事は 殺生と関係あります どうしたらいいですか 私もどうしたらいいか 分りません ただ早く 卒業して 就職してください そして両親に 引退してもらって あなたが養うことです これがいいと思います いいですか

マスター 印心後 修行に励まない場合 または時々 毎日の日課を 忘れたりすると 信念が弱まりますか これはあなたの レベル次第です その可能性もあるし そうとも限りません 霊修行を すべきです 真剣にすべきです 修行仲間と 一緒に修行し 私の本を読みよく私に 会いに来ることです するとたとえどんなに レベルが低くても 信念が弱まりません 全ては私達が解脱を 願うかどうかに よります いいですか マスター 霊修行は 時間が沢山かかります 沢山の仏教の経典を 読むほかに 瞑想も しなければなりません

コンピュータ専門家で コンピュータの 仕事をしています 時々仕事で 疲れ果て 健康状態も よくありません しかし一つのことに 集中することは 社会にとってもよく 積極的な 態度だと思います 私達は自分で 修行すべきだと 思います マスターの力に頼る ことは不公平では ありませんか 私は マスターの力に頼る よう教えていません 家に帰って 毎日二時間半 瞑想するよう 教えています 沢山瞑想するほど 元気になります 分りますか 皆が懸命に働きます あなただけではなく あなたはコンピュータ 仕事で忙しく  他の人は別の仕事で 忙しいのです

あなただけが忙しい わけではありません 私は社会に貢献する ことは教えてませんが もっと大きな 貢献ができる 方法を 教えます 幸せで 健康でストレスがなく 悪いカルマ(報い)の プレッシャーがなく 社会にもっと大きく 貢献ができます 意味が分りますか 小さなコンピュータの 仕事は社会に対する 貢献はさほどではなく 日本では多くの工場は 従業員を禅師の所に 習いに行かせます 無料で行かせます 社長がお金を払います

なぜでしょうか それは社長は 従業員が そこで瞑想を 習ってからもっと 良い従業員になり もっと誠実で 考えも もっと早くなることを 知っているからです 生産高が 何倍も 増えることもあり それだけの値打ちが あるのです だから 従業員にお金を 払って禅師について 数週間瞑想を習い 静修して もらうわけです それから 従業員は戻って 仕事をします 私達は いつも人間の 限られた力に頼り 霊修行の 驚くほどのパワーを 知らないのです

霊修行者こそ 国に対し 何倍も多くの 貢献をしています 私達出家者も 誰かに頼って生活して いるのではありません 霊修行は 個人的なことで 人に迷惑をかけては いけないからです 分りますか たとえ出家した としてもやはり 手仕事をします 大衆に奉仕する ためです 自分で生計を維持し 人からのお金に 頼っていません 皆さんが仕事で大変 忙しくしていることを 分っているからです

皆さんは国や親 親戚友人の面倒を 見なければならず 私達の面倒まで みるとなると それは不公平です 私もそう思います ですから私も 手仕事をします 皆さんからの供養を 待っていません この事は言って おきたいです マスター 普通の人 つまり印心を受けて いない人が 瞑想する場合 心をどこに 集中したらいいですか 何を考える べきですか またどんな 禅問答を すべきですか 開示をお願いします

こうすべきだ ああすべきだなど すべき事が多いですね 観音法門の修行は ととてもシンプルです なぜこれを 修行しないのですか なぜこんな複雑な 質問が多いのですか だから私は観音法門を教えているのです とても簡単だからです とても簡単だからです 皆さんは 歩くも休むも座るも 寝る時もできます どんな仕事をする時も 修行できます そんなに複雑化する 必要はありません 他の法門を教える こともできますが 皆の時間を浪費し そして危険で 大きな結果が 得られません

結果は小さいです 私は観音法門が 最もよく 簡単で複雑でない ことを知っています そしてこれを 習うのに特別な条件を 必要としません どんな法門を 教えるにしても 時間がかかります 私達は瞑想を 習うのです キャンデーを買う 速さではありません キャンデーを 買うにしても 待たねばなりません 人々が時間かけて ここに来る時も 金と時間が掛かります 瞑想を習いに来た人を いい加減にあしらう わけにはいきません 例えば皆さんが私に 「時間がないです 時間がないので 五分ぐらいかけて 瞑想法を教えて」と 言っても 私にはできません

マスター私はもうこの 世界に未練がないです 本当に 出家したいです しかし両親は まだ健在で 私が出家すると 彼らを扶養する ことができません どうしたらいいですか いいでしょう 両親に 出家してからも 手仕事をしてお金を 稼いで両親を扶養する と言ってあげなさい これで 出家すると同時に 両親も 扶養できます 良くありませんか マスター 私は若い時 とても貧しかったです しかし楽しかったです 今生活は ますますよくなり 子供達も成長して 大学にいっていますが 私はますます幸せで なくなりとても 悩ましいです 私は 幸せになりたいです マスター  解脱するには どうしたらいいですか 観音法門を 習うことです