本日 私達が全てを 伝道すべき時が やって来ました すべての命と人々と 友達になるのです 私達はここに 人権と 尊厳を得るべく戦い 奮闘してきた人々に  敬意を表するために 集いました 苦しむ人々全ての苦悩が 和らぎますように 恐れる人々全てが 恐怖から 解放されますように 有難うございます神父 ありがとうございます 兄弟姉妹である皆様 皆様はアフリカの為に 祈るためにここに いらっしゃいました また共に世界のために 祈りを捧げます 数秒間沈黙して 主への私達の願いを 再確認致しましょう ありがとうございます

本当に感謝致します 私はここに来る前も いつものように 皆さんの住む地や 世界のためにずっと 神に祈ってきました 私は神に言いました 天の父は全てご存じで 私達が願う前でさえ 聞き入れて下さいます あなたが私達に 手配したすべてが きっと私達の霊性の 成長に最良なのです この瞬間がどれほど 荒涼と映ろうが あなたの意志は無上で 常にあなたの意志は 最も賢明で 最良で 結果的には 最も慈悲深いのです これを私達に教えて 下さるよう祈ります

決して忘れないように 常にあなたの意志が 宇宙の最高真理で 最も愛深いと いうことを また 今日このような 美しい街に 地球で最も美しい 場所の一つに 集う機会を頂き 感謝いたします これらの美しく純粋で 単純な心の人々に会う 機会を下さったことに 多くの転生において このような機会を いただけて光栄です なぜならあなたの 意志でここにおり ここに住んでいて あなたの意志で あなたへと戻るのです

けれども物理的には 私達はあまり 会う機会がありません たとえこの物理的な 世界は大いなる幻想で すべてがあなたの 創造であっても それでも大変美しく 私達の家なのです この意味において 本日 私達は あなたに捧げます この地や いかなる地においても 望む人々に家を 持たせたく  神の子としての全ての 尊厳を持ち平穏なる 人生を送らせたいと あなたが願うなら その願いのままに あなたに 私達の心を 愛を捧げます

完全に委ねます 手配した全てが あなたの意志なのです しかしながら 私達はこの物理的 条件の下にあり 多くの幻想的困難に 耐えねばなりません それが精神を傷つけ あなたから引離します ですから主に祈ります 基本的平和の尊厳を 私達に少し与えて 下さいますように そうすれば私達は 本当に穏やかで 完全に委ねられます 毎回の人生ごとに あなたを覚えていられ なぜならあなたは栄光 あなたは美  あなたは富 あなたは私達の 記憶の中で最も完全な 素晴らしい ビジョンなのです

ですからこの完全性も 地上にお現し 下さいますように 恐らく 地球のある地は 他の地よりもっと 加護が必要でしょう 私達は喜んで 共に 仕事をさせて頂きます 若干 不幸せな地 若干 不幸せな 世界の片隅 あなたが創られた この小さき片隅などを 助けるために 我が主よ お守り下さい アフリカの片隅の 私達を覚えていて あなたのすべての子が あなたの愛と加護に 値しますけれども この片隅は更に多くの 愛と加護に値します これが本日の私達の 祈りです アーメン ありがとうございます 兄弟姉妹の皆さん ありがとうございます

皆さん ようこそ スプリームマスター チンハイは 古代から伝わる 観音法門の瞑想を 教えています 「観音」とは 内在する振動力を見る という意味です それぞれの文化や 宗教は 内在する 天界の光と音を 説明する各自の名前を 持っています すべての聖典で 語られていて キリスト教や ユダヤ教では「言葉」 「天国の音」と ヒンズーはシャブダ 道教では 「天国の音楽」 シーク教は「ナーム」 イスラム教では カラムアクワディン 仏教では「内在する 音流」というように この無上の振動力は 宇宙的な愛と偉大なる 知性の言語なのです

この神聖なる振動力は 全生命の中で振動し 全宇宙を支えています 内在するメロディーは すべての傷を癒せ すべての望みを満たし 世俗の渇きを癒します それは最高の力で 完全なる愛なのです 私達はこの音から 出来ているため それと接触すれば 平穏と満足が私達の 心にもたらされます 今日の講演終了後 スプリームマスター チンハイは 観音法門の 印心を通して  神聖な内在の光と音を 体験する機会を 提供いたします 学びたい人は 今後完全な菜食を続け 適正な道徳的生き方を せねばなりません

瞑想における進歩を 確かなものに するためです その段階への準備が 出来ていない人は 方便法という瞑想法を 学べます それは観音法門への より一般的な手引きと なります 講演の後 より詳しく お知らせ致します 皆さん スプリーム マスターチンハイを 温かくお迎え下さい ありがとうございます 神のご加護を ありがとう もうして下さいました でも 更なる歓迎も 素敵です 世界宗教会議に ようこそ 私達が出会い 互いに学び 友となる機会を 与えてくれた この招待に 心から 感謝申し上げます

彼らに神のご加護が 彼らの高尚な努力が 続きますよう 世界宗教会議に 加護がありますように 世界宗教会議の プログラムに従い 私達はここで 私達皆に内在する 神の王国から得た 知識を皆さんと 分かち合いましょう 神が私達の内面に いるのを皆知っていて 少なくとも そう聞いてきました 皆が神の存在を 最も偉大にして 全能なる全宇宙の 創造主を知っています その宇宙には 非常に美しい 私達の物理的惑星も 含まれます 私達はこの美しい 地球を見ると  その芸術家が必ず 存在すると分ります

きっとその人は 実に偉大で 全能で だからこそ  私達の美しい地球を 創造できたのだと しかし私達皆が 神がどのようなものか 知っている訳ではなく 私達は 自分が栄光に満ちて 美しく最も素晴らしい 衆生であるのを 忘れてきました なぜなら 全ての物質的な存在も ある意味美しく 私達を魅惑しています 時間と空間という 元素は  神とは相容れない 力によって 備えられた道具で 私達を盲目にし 縛るためのものです 私達に全てを 本当に神であることを 忘れさせます 神は私達の内に 宿っているのです 全宗教的経典が 伝えています

かつて私達の地球に 恩恵を与えてきた すべてのマスターが 神は私達の内に宿る 私達は神であると 伝えています ですから 実に簡単です 私達は忘れています 神が内在するなら ポケットに紙が 入ってるのと同じで それを取り出すことが どれ程難しいでしょう 実に簡単です 余りにも簡単すぎて 信じ難くなったのです それで 古代より それで 古代より マスターからの メッセージは 信じ難いのです 彼らが簡単な真理を 述べるので傷つける こともありました 私は神を見せられます 神はあなたに内在する 故にあなたが神であり あなたが自身の本性を 見られるのです

私達は今日ここに 同じ目的以外では 集まっていません 単純な真理のためです 既に私達皆の中に 私やあなたの中に 存在します 私達は実際 自分達を 人間と呼ぶべきでは ありません こう呼ぶべきなのです  「歩く神」 「生ける神」 「神の複製」 「神の本質」 「神の一部」 「神全体の一部」 「個別化した神」 「スプリームマスター」 「全能なる存在」と それが私達そのもの しかし 古代より 誰でもあえて自身を その名で呼ぶなら それは本当に その人の名字であり 真の名前なのですが 人々は彼らをあざけり 信じようとは しませんでした

だから私達がその事に 思いを馳せる時 それは実に不思議です 私の父の名が テンだとすれば 私はテンさんです 違いますか 彼の娘なので 名字は父と同じです ですから 私達は 神の子なのです 私達皆がそのように 言われてきて そう感じています 私達は神から来ました 他のどこから 来れるのですか 私達が神から来たと 思いますか どうですか(そうです) ありがとうございます 神のご加護を 私達は神から やって来たので 名字はどうなる べきでしょうか 神です そう

自身をそう呼びます 皆さんが自身の身分を 受け入れて下さって 私はうれしいです 少なくとも まだ天なる父に 会っていないとしても それを理解することで 自分の身分を受け入れ それだけでも 実に重要なのです 今もし皆さんが本当に 自分の名前と 素性について 信じたいなら 私がお見せしましょう 皆さんが神であり 神以外の何者でも ないのを証明できます お時間があればです 少し時間があって 私達が共に座れれば 私達がもといた場所へ 帰る方法を 皆さんに説明します

そうすると  すぐさま起こります いったん説明を受けて 目を閉じるだけです それだけで到着します 私達は決してどこかへ 行く訳ではなく 内在する神 私達の天なる父母の 抱擁の中にいるのです この宇宙には 神のパワー 神の愛以外 何も存在しません 私達は決して それから離れません ただ見るべき所を 見ていないのです 美しいものすべてに 魅惑されすぎています それも構いません 楽しむためにあり 天国の栄光と美しさを 思い出させるために あるのですから しかし 非常に粗末な見本です

神が私達を この 物理的な星に送っても 神は私達に あらゆる慰め 栄光  美 豊かさを残すのを 忘れなかったので 私達は決して 天国を忘れないのです たとえ とても粗末な複製でも なおも美しいのです 本当の天国の光景が どれほど 栄光に満ちているか 想像できますか 真の天界の花々を 想像できますか 私は見た事があります どんなに美しいか 説明する言葉が ありません 皆さんが天国を見た時 私達の王国に 継承される 本当のもの 私達の本性の 真の身分を体験した時 皆さんはもうここには いません

この物理的な 境界ではなく 霊的世界にいるのです それで ここに戻って来た時に 説明し難くなります 修行仲間が皆 天国の体験を 様々な形で 説明しようとしても 私達が 集まった時にですが 彼らには あれこれ意味が 分からないかも しれませんし 内面で見た光景の 意味が分からないかも ダダ ナマステ さあ こちらの とても特別な神父様を 歓迎しましょう どうぞ 貴賓席へ どうぞ 貴賓席へ ご案内して下さい どうぞ ご起立下さい この本当に素晴らしい 聖なる方を歓迎下さい インドから来られ 私はご臨席頂いて 本当に光栄に思います 大変 驚きました インドのプーナから いらしたのです

彼は本当に優しく 私達は皆 私達の父が そうならと思います そうです 父とは大抵 厳格で 厳しいですが 彼は本当に寛大で 忍耐強いです 甘えさせて下さり 深い愛が伝ってきます 私達の 天なる父もそうです 私達のいわゆる罪を 見たりはしません なぜなら彼の目には 私達は全く罪深くなく 過ちを犯しただけです 高貴なる 衆生だったことを 忘れているだけです ですから 神は常に私達に ある 特別な人を送りました イエスや仏陀 クリシュナムハンマド グルナナク いくつか名前があり ジャイナ教マスター等 全宇宙で 私達が 本当に想像し得ない 最も偉大な衆生だと 私達に示すために再び  思い出させるためです 天使さえ私達を羨み 最も偉大である 天使でさえ 私達に 仕えねばなりません 想像できますか これが想像できますか

いつも私達はずっと 偉大な守護者で あるように 天使に祈ってきました そうであるようにと しかし 私達が 自身の栄光に 無知な間だけで 自分達が誰かを 思い出した瞬間 待機し私達に仕えます 私達は神の姿に似せて 創られているからです 私達が天国に行く時 行こうとすれば 印心以降 いつでも行けるのです より高い天国に行くか 低めの天国に行くかは 皆さんの集中次第です けれども皆 行けます 私達は皆 違った形で 神を見るのです 日々の熱心な 修行を通して より高次の悟りに 到達したとすると 私達は天国へ行きます

全天使や偉大なる衆生 考え得る 最高の光を伴った 彼らが 両側に一列に並んで 皆さんを 迎えるでしょう それが本当の私達です 赤じゅうたんの 待遇よりも良いのです 神が本当に 私達に 真の姿を与えるに 相応しいと思ったなら それは人間の言語を 使っても 説明できませんが 六月の太陽の下での ヒマラヤの氷のように 私達は 溶かされていきます 私達は赤ちゃんの ように感じ途方もない 至福を感じます 人間関係で 人々が描写する 最も驚くべき体験は セックスの エクスタシーです

これは比較になります 私は言わねば なりませんが それで 皆さんは比較できます そうしない限り どう天国の至福を 説明するか分りません エクスタシーや サマディの中にある時 神と向かい合ってる時 神はある姿や外観で 現れるに相応しいと 思うことがあります それは私達が どれほど神を 見たいかによります 神は母や父として 現れたりしますが 単に光の輝きや この姿を囲む 何千という太陽の 光だったりするのです あなたの周りも 何千という太陽の光に 囲まれています

その時 魂は 解脱しているからです 魂がこの種の光を 放っているのです あなたはその光です それこそが 全聖書が言う 「私達は光であり 光の本質である」です 光の本質である」です 言葉(音)も光であり それは振動力です 光の振動力が より凝縮されると 音になります その音は この世界の 旋律のようなものです それで私達は音楽が 大好きなのです 天国の音楽に 神によって語られる 言葉にとてもよく 似ているからです

宇宙言語を聞くと 私達は全てを理解し 全言語を理解し 互いに理解し 愛し合います 内在する振動力 神の言葉 天国の音楽は 私達に大変な滋養を 与え活気づけます それで私達は 新しい人になるのです そういうことで 多くの人が印心後 すぐに皮膚の色艶が 良くなり完全に 変わってしまうのです 時には  印心前後では 判別できないほどです それほど劇的に 変化します 毎日瞑想を すればするほど ますます若くなります 細胞が 新しくなるからです それで  子供のようになり より天真爛漫に より聡明により純粋に より心が単純になり より天国に近づきます

聖書では言っています 「再び子供のように ならない限り 神の王国には 入れない」と 子供のようになるには 洗礼と呼ばれる過程を 経なければなりません 聖霊の炎による 洗礼です 聖ヨハネは言ってます 「確かに私は水で 洗礼した しかし 私より後に来る者は 聖霊の炎によって あなたを 洗礼するであろう」と 聖霊の炎とは 何でしょうか 神自身が 私達を浄化し 彼自身と再び繋げ 再び全体の一部へと 戻す事です 大海のしずくを この広大なる愛の海に 溶け込ますことです これが洗礼なのです

真の洗礼とは 一秒もかかりません すぐに天国に 私達の存在すべき 場所にいます 私達自身を神から 引き離すものは 何も 存在しないからです 私達の注意力と 思い以外には そういうものが 引き離していたのです そうして私達は神から 離れてしまったのです 私は違った場所や 境界へ 注意を変えてく方法を 示すだけです 今 私が皆さんを 見ているように 皆さんを見ているので 後ろは見えませんが 振り向けば分ります それは何ですか ああ 「スプリーム マスターチンハイ」と 「生きている間に 神を見ましょう」と 私達は生きている間に 神を見れます 死ぬ時さえ選べます 天国に行く前に 自分のレベルを 選ぶのです ちょうど不動産屋に 行き 様々な家を見て 自分にとって  どれが良いかを 見るのと同じです 同様に 天なる父の家には 沢山の邸宅があります

私達の理解度 意識のレベルに 合わせて 一つ選べます 私達は決して神から 離れていたことはなく それが皆さんに 言いたいことで 私が発見したことです 瞬きを一回するだけで 私達は 神意識の中にあります 一回すると 再び戻って来ます もう一度すると天国に 戻り 一回の瞬きで ここに戻って来ます 時に 天国と物質界の 境界線が 非常に ぼんやりしていて 入ったり出たりします また同時に 両方にいたりします 殆どのマスターの 意識がそうである様に 同時に両方の世界に 存在します 彼らは物質界と 天界との境界線を消す 超越的な芸術を 修得してきたのです

意識の中の空間と 時間を消したのです 神になったからです 神と再び 一体になったからです それは非常に簡単で 私達皆に出来ます すでに皆が 神だからです ただ別の方向を 覗き込んでるだけです それだけです 私は 皆さんのどこを 見るべきか どこが神との接点か どこに神が宿って いるかを示すだけです 神が私達に住まって いるなら それは どこですか 内面です それなら内に行くべき 外に行くべきではない 外に行けば  私達は物質化した 神を見ます 歩く 肉体を持つ 神を見ます

私達の後ろや横に座り 物質的な形で 私達を愛し 共に食べ  冗談を言い 笑う神なのです 内面で私達は 全創造物の真相を 神そのものを見ます 神は物質的では ありませんが 無数の姿を 持っています 神には 名前がありませんが 何千もの 愛すべき名前で 呼ばれてきました 私達が愛する者を 呼ぶように 「ハニー 私の親愛なる者 アップルパイ 砂糖 キャンディ」など 「私のもう半分  伴侶 最愛なる者 愛する人」など 何でもです 皆さんは愛する人を 呼ぶのに名を発明する ことさえあります

ある人々は妻を 「私の麺」と呼びます それでも構いません ある人々は神を「花嫁」 とさえ呼ぶのです 「永遠の愛する者」 「忠実なる配偶者」 何でもです  私達は本当に神を愛し 彼女は本当に私達を 愛してるからです 私達は一体ですから 何とでも呼びます 私達皆が この愛すべき存在と 再び本当に一体に なる方がいいのです 未来の婚約者や夫を 沢山語るばかりで 結ばれる事がないなら 何の役にも立ちません 夫についてたくさん 聞いていながら一度も 会った事がないなら 決して結婚の幸福を 経験する事はないです 同様に私達が 神について語るすべて 紹介するすべて 讃えるすべては 私達の耳や魂には 素晴らしい歌です しかし 魂はもっと しっかりした体験 本当に神と面と向かう 事を望んでいるのです 私がお手伝い出来ます

神は皆さんを本当に 本当に愛しています 何か質問がありますか

はい 死後どんな事が 起こるのか ご存じのことを 教えて頂けますか 死後 何が起こるかですか 私は一千冊もの本が 書けますが 簡単に言ってしまえば 死後には 天国があるだけです でも それには 準備が必要です そうしないと 自身のカルマの報いで 天国から 引離されてしまいます それで 人は 地獄の事を言います 地球上の全人類の 行為の結果も 皆さんに影響し 天国から皆さんを 引き離します ほとんどの人は たとえ 観音法門の印心を 受けていなくても 生きている時に神を 見なかったとしても 彼らが仏教とか ジャイナ教などの 十戒や五戒のような 人間的道徳基準を 守っていたり コーランや シーク教などの 生き方を守っていれば 死後 すぐに 天国を見るでしょう

でも最高の天の父では ないです もちろん でも天国は待ってます 大抵 私達皆を 待っています しかし私達の思考で 天国から私達自身を 引き離しています 死後でさえもです 私達の行為の結果 全人類の 集合意識の結果から 自由になるまでの 少しの間 私達は 迷子になるでしょう そして再び ここに生まれるか 違う場所に生まれるか 再び神と結びつくかを 選択するのです 死後 見るものは 沢山あります 準備しておけばおく程 多くのものを見ます 本当のマスターを 見つけた時どうやって それが判りますか

光を見るからです それが基準です 私は神の声を聞き神を 見て 神の光を見ます それで私は彼が 本物だと判ります 一人の求道者として どうやって本当の マスターと判りますか

神の求道者として マスターを見つけて その人がゴールへの 導き手だと どうやって判るかです そのマスターが神を 見せられれば誰であれ 本当のマスターです 親愛なるマスター これから五、七  これから五、七  十年先の将来について 何か話して頂けますか ミレニアムの ことですか そうです それとその直後です それは皆さん次第です 私達皆にかかってます 私達の意識が より目覚めて 向上していれば 地球は光り輝く中で 更に続いていきます 以前のようなことを 続けたり それより 悪いことをすれば もちろん結果は明白で 私達が未来を決めます

今以外にミレニアムは ありません それを今 私達が決定するのです ありがとうございます 「私は神である 名字が神である」と 「私は神の一部である」 との違いを 説明して 下さいますか 「私は神である」と 言った時 神のすべて だと言ってるのですか (分りました) 「私は神である」と 「名字は神である」と 言った時は  自身を神として  神の一部として  神と一体として神から やって来た者として 見たということです もう一つは 単に 噂で聞いていたり 言われていたり そう理解しているので 「私は神からやって 来たに違いないから 名字は神のはずだ」と 言ってるにすぎません

もう一方は 自分で 神を見てるのですね 「名字は神で 私は神の一部である」 と言っている人は その人自身が神を 見てるという事ですね いいえ 二つあります 自分の名字が 神であると認識 理解していても 神を見ていないかも しれません 別の人は同じ事を 言っていて「私は神だ 名字は神である」と 言ってますが 神を見た事があります 意味が分かりますか ですから 後者の方が より確かだと言えます 分りました 後者だと 神を見た人が 「私は神の一部です」 とか「私は全部です」と 言うのでしょうか その人の到達した レベルによります どれほど神そのものを 見たかに掛ってきます 一歩一歩進むべきです 完全なる神を見たなら 「私は神と同一体だ」と 言うでしょう イエスが言ったように 「私と天なる父は 一つである」と 完全な神を見るまでは そうは言いません こう言うでしょう

意思疎通を 測ったことがある 私は神の一部で 神を見たことがある」

でも 皆さんはすでに 知っています あなたが神と一つだと 心では確信しています あなたが 完全なる神を見た時 自分が一〇〇% 完全なる神と 一体だと思うのですか それとも  神の小さな一部だと 理解するのですか 肉体や 物理的境界においては あなたは神の一部です それを超越して 見た時 神と一体になります その瞬間あなたは 神と一体であると 宣言します 百%ですか (百%です)

あなたは無限(はい)

あなたは それを見ます あなたは もはや自分自身を 神の使用人でも 一部でもなく 完全なる神であると 考えるという事ですね あなたより優れた 真理はないのですね その瞬間あなたの内で 働く神以外に 何もありません あなたには神とは別の いかなる個人的 身分もないのですか その通りです おっしゃる事によると 私達自身大変な存在で 内面にあるわけですね 私達が直面してる貧困 苦しみ 問題に対して あなたのメッセージは 何ですか

個人的な 本性は別にして 差別や貧困の問題を 教理を通し どう処理しようと 思っているかです

非常に長くなるので 短くしてみましょう 私は人々に精神と物質 両方で奉仕しています 精神的助けが必要なら どこででも助けてます 私が持つ物は何であれ 貧困者と分け合います 私に出来るすべてです そのために 美しい服や宝石を 作っています それを売って収入を得 貧困者に与えています

私の世界市民としての 義務です 皆さんの兄弟 姉妹としての 私の義務は 天なる父の知識を 皆さんと分ち合うこと ですから両方してます それが第一点です 第二点は  この世の全ての苦しみ 不幸せは 時に人間が 作り出した物です また 私達がやって来る前に 選んで来たものです この惑星での 私達の不注意な 行為により さらに大きくなります これを救済するには 私一人では 出来ません 全惑星の意識が より高いレベルに 上がらねばなりません 何であれ持ってる物を 比較的 不幸せな人と 分かち合わねば なりません それは必須です 私一人で出来ないので 参加をお誘いしてます