ありがとうグレイジー 二十年 十五年前は イタリア語を 話すことができました 今は少ししか 理解できません 何でも練習しないと 忘れます 神の品性も 同じことです 私達はみな聖書で 私達は神の子であり イエスキリストに  よって救われ 清らかになると 読んでいます しかし時々私達は それを忘れます だから時々思い出す 必要があります ところで こんばんは 皆様が その毎日と人生を 楽しみますように 今回私は再びローマに 戻って来たことを 非常に楽しんでいます

昨晩私は私の友人と 電話を通して 話しをしました それは私がイタリアを 離れてだいぶ経って いますので私は特に ローマがいかに美しい ことか忘れそうになり 実際どうやってこの 壮大な建築やこれらの 美しい環境のローマを 忘れることが できるのでしょうか どう忘れるというのか そしてここの人々は 格別極めて温かく もてなすことさえも 忘れていました これはまるで初めて 私がここに来たのが 初めてのようです そして全てが驚きで ワクワクして 興味があり もちろん楽しめます

私が驚いたのは この首都の町で 人々は非常に忙しく まるで他の 首都の町のようです 人々は生活が もっと慌しいので 忙しいのですが あなたが何か必要な時 彼らはあなたと 話す時間を取ります 指導が必要なら 彼らは時間を取って あなたを教えます 彼らはあなたの要求が 満足するまで時間を 取って世話をします そしてそれこそ 私が今回ローマに 着いて まず経験しました 交通量の激しい道でも ゆっくり道を渡ろうと している一人の よそ者の私のために 車が私のまん前で 停まってくれました

それはホテルの中でも レストランでも お店でもなくもちろん 広告宣伝のためでなく 彼らはいつでもします 経験ありますか どうですか はい それがイタリア人です そしてだいぶ昔 私が初めてイタリアに 来た時電車の中で ある人に会いました 年配の女性です すると彼女は私を 彼女の家に招待して 数日間彼女の家で 最も重要なお客様の ように私を扱いました 家族全員が 同じことをしました 何のためでもなく 何の理由もなくです 彼らはただ思いやりと 愛と共に生まれました それで私がイタリアに 戻った時これら全ての ことが再び起こり そして私は長い間 ここにいなかったので 忘れていました

まるで初めての ように感じました 同じように私達は皆 再び天国に 案内されたときに 私達はこれが初めての ことだと思います イエスはこの世界に すごい痕跡を残したと 私は思います 主は約二千年も前に ここを去ったのですが だから全ての良いこと たとえ古く時代遅れと いわれることも 役に立つのです そしていつも人々に 思いやりのある 行動をすると 私達とその人との間や 周囲に大いなる 天国を創造します イエスは原子爆弾や 放射ミサイルではなく 彼は愛でもって 世界を征服しました

しかし残念ながら 私達の一部は 良く 学びとってないのです 全世界の人の行動が イタリア人のようだと 世界には戦争が減り より多くの平和 あらゆる国における 多くの繁栄があります 主イエスが私達から 去って以来 私達の 一部は神の道に入る 方法を忘れています 神の品性で どう行動するか 私達が神の一部だと 思い出す方法をです 私はイタリアの人々が 神を非常に良く覚えて いることが嬉しいです ここで素晴らしい事を 目撃できたことは 私にとって喜びです

それは人類への 主イエスの教えの 素晴らしい効果です 一人の人が地球全体や 少なくとも この地球のある地域に どれほど大きな影響を 与えているか お分かりでしょう 特にイタリアでは いつでも一つの例は 千冊の本の理論より 勝るのです 愛だけが持続的効果を 持つことができます イタリアの人々に 私はただ賞賛と 私の深い敬意と 喜びを覚えます 主は皆さんをとても 祝福しました そして 主イエスが彼の教えで あなたの土地に 栄誉を与えて以来 ずっと皆さんの文化 皆さんの建築  芸術的な宝物など 意味深い所に その痕跡を 表しさえしています

現代でさえ とても多くの芸術家が あなたの国から現れて 彼らの美の愛をもって 世界を征服しました 皆よく知っています 多くの有名芸術家は イタリア人です それで世界の人々は これら手本から 私達の優しさで 他の誰かの心を 兵器ではなく愛で 美徳で美しさで征服 すべきであることを 学ぶべきなのです 皆さんは 貴国の芸術家が 才能で 美しい ファッション 宝石で 素晴らしい衣服で そして とても多くの 絵 彫刻などで 世界を征服したことを 知っています

全世界がここに来て  この地の中心にある  これらの 傑作品を 賞賛すべきです

フェラーリもあります とても有名で とても高いです 車もイタリアで 作られています それはどれほど加護が あるかお分りでしょう いつまでも挙げられ ますが 経済を宣伝 するのではないので ここで止めておきます ただ私達が神への 強い信心をもてば 私達の眠っている 才能のすべてと  天の富のすべてが 現実に顕現することを お話したいだけです またまさにここは バチカン市国の 恩恵も受けています 多くの慈悲あふれる 恵み深き法王の臨在に 加護を受けています そしてまた 

皆さんは 現在 最も人望のある 教皇に祝福されてます 最も有名な方の一人 最愛で聖なる人に ですから皆さんは 非常に幸せであるべき 毎日 神に感謝 すべきなのです 私もまたここで非常に 加護されています たった数日間ですが 皆さんの何人かには まだそれほど幸福で なく 本当に神 より深く知りたいと 思っている場合 直接 神と話したかったり 神に触れたり 抱き締 めたり 神の言葉を 聞きたいのであるなら 私が暫くここにいる 間にこのボーナスを 少し提供ができます

不運なことが まだこの大陸に 広がっています 私は 昨日不思議に 思い 私の友人と 話しました どうしてそのように 好意的で純粋な人々が この習慣に陥ったのか 不思議に思っています 彼らはあまりにも 純粋からと話しました

皆がただ彼らに 何かを売って そして ただ買うだけで ただ それをするのです しかし それは時々 私たちの視野を 鈍らせる物の一つです それは頭脳に障害を 引き起こすからです

ほんの数日だけ タバコを吸うホテルで タバコを吸う飛行機で タバコを吸う空港で タバコを吸うタクシー 座ってこうなりました

私は鼻血を流し 耳は聞こえませんし 頭はむくみました 人たちが毎日 こうして喫煙するのは なんと哀れでしょうか 本当に可哀想です それで何人かは 神を愛し神を知りたい と思っていても 直接神を見付ける 方法を知りません そして霊的な知識 神の愛に飢えて 私たちは 自分に 少しの満足感  少しの陶酔感 つかの間の祝福を 感じさせるものを掴み これらは私達が 手近に入手できる 代用品であるからです しかし アルコール 麻薬 タバコなどは 実際に毒であり 私達が神に近づくのを 邪魔します

ですから 霊修行において 私たちは人々に これらの有毒なものを 控えるよう忠告します 多くの人々にとって 彼らはただ神の存在を 知り ただ聖書を読み あるいはあちこちで  わずか祈るだけで 満足するのです しかし 多くの人々 他の人々にとっては これらは不十分です 彼らは本当に神を 知りたがっています 彼らは神と話し 日常の問題で神の 助言を聞くことができ 文字通り神の より近くにいられる ことを望んでいます これらの人々のために 私達は ここで 少し援助を提供します

なぜなら戦争と紛争 誤解 怒り 憎しみ それらは皆欲求不満と 神を知らないことの 結果であるからです 人類ならやりかねない と私たちが思う すべての害悪は 神に関する知識の この渇望から来ます 皮肉で 逆説的ですが これは本当です 彼らはただ他に何を するか分らないので それは助けを求める 絶望の叫びなのです それで彼らはあなたが 悲鳴を上げるように 暴力に頼るべきです なぜそうですか 私達は人間のように 見え この人間の体を 身に着けていますが 私達は神の子供であり 聖霊であるからです

私たちは以前 私達が 欲しい時はいつでも  すべてが得られる 天国に住んでいました 「汝が神の殿堂であり 聖霊が汝の中に宿る ことを知らないのか」 私達の内面には唯一 神がいるという意味で 私達こそその神であり 以前は 私達が必要な ものの為に働くことに 私達が欲しいのを 求めなければならない ことに慣れていません そして それを 持ってさえいません それで 時々 私達は イライラし 怒りを 感じ 絶望的で 無力感を感じます それで 時々 この挫折感が 暴力を生み 憎しみを生み そして 結局は戦争を生みます

それで戦争を 引き起す人は 本当に愛と助けが 最も欲しくて たまらない人なのです しかし彼らは 絶望に耽っているため 彼らに愛 智慧及び 理解をもたらすことは それほど簡単では ありません 例えば誰かが重い 病気になっても 医者さえ認めないので 医者に感謝することは 言うまでもありません それでこの絶望的な 状態に落ちる前 よりよく自分自身の 世話をし 最も深い絶望による 助けのいらない状況を 決して経験しないため 神の愛を親密に より実際的に 見つけることができる ように注意しましょう

私達が何事をしても きっと神は私達全員を 愛するでしょう 私達が何事をしても 彼個人に対する事さえ イエスは私達皆を 許しました 彼は自分の敵を許して 彼らの為に祈りました 「神様 彼らを許して 下さい 自分が何を しているか知りません 私が再び イエスに関わる何かを 読むたび いつも 泣きたくなります こんな偉大なる愛は 神から来るだけです 私達はすべて 神の子供です なぜ私達にはこの愛が ないのでしょうか 私達にはあります ただそれを起動させ なかっただけです 方法を忘れたのです

私達には愛があるが イエスの程度にまでは 至ってないのです 再びそれを得るため まだ試みることができ 神は私達全ての 罪を許します イエスは許します 私達のために死に 神の目の中では 私達は つねに平等なのです なぜ私達は神を認識 する必要がありますか なぜこの愛を起動させ なければなりませんか なぜ私達は努力すべき なのでしょうか 私達がこの愛を起動 させなければ 私達 自身が苦しむからです またもちろん 私達が時々愛する人に 自分と接触する人に または自分の周囲に ある時は自分の国家に 苦難をもたらします

私達が間違った決定 非常に愛情がない 決定を下した場合です  例えば 戦争を起こすこと 神を認識する為でなく 私達が神の一部であり 神と同一であることを 理解するためこの愛を 起動させる必要があり ます ただイエスが 「私と父は一つです」 ただ話すこと 思うこと または 望むことによって 神と一体になることは できません 実際神と一体になり 地球上の神となる ことは必要です 再びその海に入り 愛の海と同一でないと なりません そしてこの地球で 神を表現する事ができ 彼の全ての 素晴らしい品性 全ての慈悲を 私達は表現できます そして愛 喜び 慈悲 幸せを自分の辺りの 人々にもたらします

皆さんの地域社会で この福音を広めるよう 努力すべきです 人々にこう言います 神のみが彼らを救うと 「神は私達を救う」 これは神がつねに 私達の家や身体を 守るという 意味ではなく 神は その後私達を救います 全てのはかないものが なくなってから神は 私達を永遠に救います

スプリームマスター テレビジョン 十一月二三日火曜日 スプリームマスター チンハイの霊感溢れる 講義 題して 「現代の生ける救世主」 第一部を智慧の言葉で ご覧下さい

本日の スプリームマスター テレビジョン 「現代の生ける救世主」 智慧の言葉にて ぜひご覧下さい

これこそ菜食が 何たるかということで 全ての衆生の 内面からの真の愛です マスターやイエスや 仏陀がそう言ったから ではなく 「殺生の悪いカルマ (報い)を受けたくない からです これは本当に動物への 愛があるからです

それこそ皆さんが 菜食を始めた方法です

スプリームマスター テレビジョン 十一月二六日金曜日 スプリームマスター チンハイの智慧溢れる 講義 題して 「現代の生ける救世主」 智慧の言葉で ぜひご覧下さい

本日の スプリームマスター テレビジョン 「現代の生ける救世主」 智慧の言葉にて ぜひご覧下さい