智慧の言葉
 
真理、高徳そして美の再発見1/2 1993年四月二四日 フランス、 パリ(フランス語)   
Download    

こんばんは 本日は 大変特別な日とだけ 言わせて下さい スプリームマスター チンハイの 初めてのパリ訪問です このようなイベントで スプリームマスター チンハイは普通 講義の下準備をせず お話しをされます 彼女はいつも 大衆と場所に応じて 自然に話されます でも彼女はフランスと フランス語を 深く愛しているため また 二十年以上 フランスに 戻る機会が なかったので フランス語で講演を なさりたかったのです 私達は昨晩少しだけ 仕事をしました 素敵な夜の ひとときに 何行か書いてみました それで フランス語で 彼女の言葉に親しみ より理解するのを 助けるのです ですから彼女の講義は 準備したものでないと 言いたいのです ですが本日は 状況が 少しだけ特別です 彼女はあらゆる 問題を避ける為 皆さんの言語で 伝えることを 申し出されています 私はこの機会に 私と スプリームマスター チンハイとの 体験を皆さんと 共有したいと思います 私は何年もの間 真理を求め 沢山の本を読んだ後で 約四年前に彼女に出会いました 私はカトリックの家で 育ちましたので 聖書を学び 学生時代の大部分を カトリック系の学校で 過ごしました 私の兄が亡くなった時 私は十三歳ぐらいで 兄は十八歳でした 私は死について 沢山自問しました そして私は 突然気付きました

死の瞬間と死後は私達の 所有物の一切を 私達の人生で努力して 得たもの全てを 手放すのだと 実際 私達は 全てを置いていきます その日以来 私は本当に 自分の人生の目標を 自問しました たとえ私達が 全人生を 財産を貯めることや 社会的地位や名声を 得ることに費やしても 死の瞬間には 一切を手放します

何か別のものが 存在するはずで 私の人生は明確では なかったのです 何か 別のものがあるはず それで私は 西洋哲学だけでなく 東洋哲学も 少し勉強しました なぜなら一つの事が 確かだったからです  東洋でも西洋でも 存在する真理は 同じということです 私達は 同じ場所から来て 同じ不安を 同じ要求を抱きます それゆえ 私は 別の哲学を学びました 時々 より具体的で より明確な別の答えを 得たこともあります あいにく この知識は常に 書物からでした 私は大変 読書に興味があり それは私の心の中の 大きな好奇心を 刺激しました そして知的な部分では 私にある程度 内面の 安らぎを与えました ですが私はまだ むなしさを感じました 私はカトリックや 他の宗教の 聖人の物語も 読みました 残念なことにこれらの 聖人達は他の問題と 他の誘惑があり 別の機会になりました これら全ては 常に私とは相対的に 離れていました

ですから私には 少し不満がありました 私は幾つかの 瞑想法を試みました 私はあれこれと 方法を変えていました その結果は ゆっくり現れましたが ラマクリシュナが 話した通りでした 時間を費やして 庭に小さな穴を 幾つも掘っても 絶対に泉に到達しない あなたは場所を選び 一つの穴を 毎日泉に到達するまで 掘り続けるのだ 恐らく私は 自分に合う方法を 見つけずにいたのです 私は 全ての宗教が 全ての哲学が 同じ方向に焦点を 当てているという 解答を多く得ました しかし  聖書に記載されている 神の王国や 経典や 他の聖典で 述べられている仏性と 私達はどう接し 到達するか分りません 残念ながら  書物は私達に この分野の十分な 情報を与えません メニューのようです 美味しい料理の話を されるだけで 私達は 決して味見できません それで空腹のままです ある日 私は 私にとって 一番大事な課題である 地球に存在する理由を 探す案内人と方法を 発見していないことに 絶望的になりました

人生は多くの「偶然」を 提供すると思いますが 偶然であったとは 私は思いません 私は本で読んだ 具現化した真理を スプリーム マスターチンハイの 中に見つけました 憧れの象徴や 誰かを持ち上げようと 言うのではありません なぜなら スプリームマスター チンハイや 過去 現在 そして未来の マスター達はみな 訪れて 教えてくれ 私達自身の中に 永遠に保持する全てを 私達に 「再発見」させるのです 私はほとんどの場合 私達にはできないと 思います この地球にやって来た 全ての聖人や偉大な 人物の特性である 清らかさを 保有しているとは 思いません こうした理由で マスターの存在は 非常に重要です 私達の素晴しい品性の 確かな鏡であり 忙しい日々に 埋もれてしまった 可能性の反映です 家庭でも職場でも 私達は奔走します あらゆる 責任があるからです また過去を振り返る 時間さえなく 時は流れます やがて 私達は年老いて多くの 習慣を取り入れます それでもまだ 少しだけ 満たされない 自身の部分を求めます 私が スプリームマスター チンハイに出会った日 自分の外部に 基づくものではない 喜びを 発見しました

私から奪えるものは ないという喜びです たとえ今日私が お金持ちでも 明日にはわからない 為替が暴落するかも しれず たぶん一文無しに なるかもしれません 全ての聖典に書かれた 内面の喜びとは 自身の内面にあり 誰もが見つけられます でもこのため 私達のように 疑いを抱いた者 いくらかの知識や 習慣がある者 自身がそれで 生活する者には 案内人の助けが必要 私達とは話せない 恐らく 私達の問題を 理解しない 異なる世紀に 属する者の 代わりにです そして スプリームマスター チンハイと出会って 私は友人だけでなく 案内人だけでなく 内なる道と日々の 人生の歩み方も 教えてくれる 人を発見したのです というのは  霊性が日常生活に 役立たないのなら 意味がないからです 誰もが好む 心の内側の平和を 探すためだけでなく 周りの世界も楽しむ ようにさせるのです 私は誰もが皆 世界平和を願い 他人に対する 更なる慈悲や 理解を示したいと 望んでいると 思いますが 私達は 習慣や恐れといった もので麻痺し 牢屋の中にいるのです 私達は地球に来る 全てのマスター達から 鍵を貰っていません 彼らは私達に鍵を与え 何の見返りも 要求しません ただ潜在力を発見し 彼らの足跡を辿るよう 求めるだけです 彼らは決して 自分だけが唯一 それができる者だとは 言っていません キリストも言いました 「私の行う事は 何であれ 汝はできる 上手くすることさえ できるのだ」と

ですから 本日は スプリーム マスターチンハイと ご一緒する 特別な機会なのです 初の公式訪問です

私は二十年近く フランスに 戻りませんでした 一年間フランス語を ここで学びましたが 長い間 勉強の機会は わずかでした パリに足を踏み入れ 私は再びこの都市の 驚異と美を 味わえるわけです 特に パリの夕暮れ時です たそがれ時に 街を歩き回ったり 友人とコーヒーを 飲んだりしました 私はもう少しで パリの魅力的な生活を 忘れるところでした 人々の真心 壮大な史跡や 壮大な史跡や 豊かな文化をです ある面では パリは あまり変ってませんね

私もです あなたもです 変っていません パリは以前と同様に 魅力的で美しく 優雅です つねに芸術的で ロマンチックで 典型的なフランス式の 生活を表しています なぜ誰もが美を 愛すのでしょう なぜ とりわけ フランスの人々は 私達は皆 真理 美 優しさを愛します こういうわけで 女性はお化粧し 男性はおしゃれな服を 着ているのです  人々は自分の家の 内も外も 塗装をしたり 美しい家や公園 庭 噴水や あらゆる 芸術品を造りました 当然エッフェル塔は言うまでもありません

私達は美への愛を 表現するのです 子供でも そういう 傾向を示しています 新しい服を着たり 人に見せるのが 大好きです 彼らは簡単に他者を 許せます それは  美徳の証明です 子供は嘘をつきません 彼らは真理と美に近く 内面の優しさは 神の品性 だからです 私達は真 善 美への 愛を示しますが そういう品性は 子供の頃から 備わっています でも成長するにつれ 環境に 影響されます 私達は 成功すればする程 私達の真の自性から 自身の本質から  より遠ざかるようです 私達が忘れているのは 毎日生存の為に奮闘し 社会から くだらない情報を 集めているせいです それでもう 子供の頃のように 幸せになれないのです 子供の頃 私達は 本当に純粋無垢でした 言い表せないほどの 「優しさ 善 美」が もっとあるのです 私達は現在の状況に 常に満足できる訳では ありません それは 私達と共にあった 本源からの記憶が この物質世界で 目にするものより ずっと優るからです

殆どの人が際限なく 何かを捜し求めますが それが何なのか 分からないのです 私達は この物質世界で 本源に 天国に  近づけるように 導けるものを 見つけたいと願います しかし  楽園は私達の 内面にあるのです 内面の 真 善 美を  再発見すれば この物質世界は 私達にとって より有意義になり この世界は より美しくなり この幻想の世界でも 真理を見つけられます その影を追うことで 私達は本物を 見出せるからです そうすれば分け隔ては なくなるでしょう 神の王国への 切望さえも なくなるでしょう なぜなら 私達は 今ここで この世界で 神の王国を 見るからです 印心をうけ  現在 観音法門を 修行している 私達の修行仲間は 本当に幸せです また 彼らは 周りの人々と 人生のあるがままを 受け入れ 感謝する方法を知る時 幸せも分かち合います そして瞑想を通して 得た知識により 向上します 悟った人々は悟った後 その振る舞いの 一つひとつが 内面の真 善 美に 反映します

これらの品性は 非常に豊かで 私達の 存在を成しますが 私達は決して  十分な真 善 美を 物質世界からは 見つけられません ですから決して この地上での生活に 満足しないのです 物質的生活は 何も間違っていません しかし 物質面に 溺れすぎると 影の後を追うだけで 最後には 真の目的を忘れます 同様に  婚約者の写真を 持っていて その写真がどれほど 美しいかは関係なく 写真に執着し  本当の人を忘れては ならないのと同じです 確かに離れている時は その写真は 役立ちますが 婚約者が 目の前にいれば 彼女こそが 喜びの源なのです 本人といる時だけ 満足できるのです それが自分の本性と 共にある場合です それを発見すれば 感謝できます 全く比類ないものです 写真を持っていたり 更に撮るのも結構です でも その写真が どれほど よく撮れていても 実物の婚約者以外に 満足させてくれません 悟りを開いた人も まだこの世界を 同様に楽しめます 夫が妻の写真を 見るのと同じです 

しかし 美しさや 真の幸福は本人による もので 重要なのは 写真からではない ということです 同様にこの世の快楽は 真の世界の 模倣にすぎません 真の世界だけが私達に 真の永遠の喜びを もたらすのです 私達は生まれる前に 真の人生を見つける 的確な方法が 与えられているのです 家への道はずっと前に 舗装されているのです この命を救う地図を 忘れれば 永遠に この生死の 輪廻のわなに はまってしまいます この道は 内面の魂の目で見れば とても現実的で 確かですが  肉眼では 見たり 感じたりはできません私達の感覚に微細なものです 誠実に探求すれば それは自然に 現われます とは言っても 経験ある案内人の 助けが必要です 殆どの人がその道を 忘れているからです たとえ思い出しても 故郷への道は長く 危険なので  そこへ導く案内人が 必要なのです この案内人はその道を  通ったことがあるので この世界と 上の世界の間の道を 知っているのです 神の加護のおかげで 私は家へ帰る道を 見つけました

私は思い出したいと 望む人皆にこの発見と  お手伝いを提供します 長い間失っていた 至福の加護を取り戻す お手伝いをします 印心を通して 私達は今ここで 再び天国を 味わえます 印心とは 真の自分を 目覚めさせ 私達を家へ帰す パワーの伝達です 印心後 私達は 完全に新しくなります 活気にあふれ 元気になります 貪欲さや欲望は全て 私達から離れます そのまま普通の 生活を送りますが 目標を 実現できなくても もう挫折しないし この世界で切望した ものを得られなくても 混乱しません これらの願望は 真の本源を 見つけてこそ 最小限にできるのです 印心すると 神から 私達の源への帰り道を 照らし続ける 強烈な内面の光を 得ます 天からの安楽な調べは 家への帰路で 私達が知るべき全てを 提供してくれます 悟ったマスター 経験ある案内人が ずっとそばにいて 私達を守ってくれ 私達が この世界を通過する 特別の旅が 終わるまで 手伝ってくれます

この案内人は この物質世界でも 私達が快適であるよう 私達のためになるよう 最善を尽くします 私達は苦悩や孤独感に 永遠に別れを 告げます この案内人は 私達が長い間 家から離れていて 疲れ切っていて 勇気もないと 分かっています それで私達が地上に いる間 できる限りの 援助を与え 天国に いるようにするのです   この案内人は 道をよく知っています 地上での生活は 案内人なしでは 非常に疲れます 真の友人のように 人生の浮き沈みに 付き添い 様々な 障害や罠に直面した時 支える人が いなければ 目的地 永遠の天国に たどり着くのは 難しいのです 内面の光と音は 永遠の命に達するのに 不可欠なのです

それなしでは  幸福は 地上にも 天国にもなく その命 美 真の優しさは 私達に 姿を現わしません 私達がどれほど 善良で 高潔で 優しくなりたくても 決して完璧な状態には なれません これらの品性は 内面の世界だけの ものだからです いわゆる美 真理 美徳というような  この世界で表す 理論はみな  やや劣った複製です 親愛なる友人の皆様 故郷へ向かう グループへの参加を 心から歓迎致します 費用はかからず 何の義務もありません

しかし  私達が知性と技術しか 持たず 他者への誠実な 思いやりがなければ 人生は完全ではなく 内面では分離した ように感じ 言葉に 表せない程の悲しみと 不安を感じます 全く当然の事です この世界に天国を もたらしたければ そこに存在するように 生きるべきです つまり調和して暮らし  全生命の自由と 存在の権利を尊重する ということです 私達は自分で因果の 悪循環を創ります これが戦争や意見の 相違の原因です 私達は 個人や 集団の争いで  もう十分苦しみました 五戒と菜食は 強制的な規則ではなく 公正で高潔な生き方の 側面なのです また君子や 慈悲と偉大さのある 聖者の振る舞いです 彼らは全衆生を包む 愛を持っています 地球上の全衆生の 頂点にある者として 世界に平和をもたらす 為に行動として自身の 真の愛と優しさを 実践すべきです それこそが実際 地球に平和を もたらすものなのです これは愛と優しさを 行動に移すことです では皆さんの質問に お答えしましょう ご静聴 ありがとうございます

私達は 心理的問題を どうすればよいですか また霊性の発達に対し 何ができますか

心理的問題は 私達の社会からの 多くのプレッシャーの 結果です 仕事の問題 家庭の問題 個人的な問題等です 時には そのプレッシャーが 肉体や精神力にとって 重すぎるために 心理的問題に ぶつかるのです しかしこの問題が 霊的生活の 渇望の源なのです ですから 悟りを得れば こういった問題は 全て消えるのです 一旦悟ったら 何もすることがないと 心配する必要は ありません 多くの事ができます 私達を見て下さい 沢山の仕事があって いつも時間が 足りません この世界には 私達の助けを必要と する人が大勢いて すべき事が 沢山あるからです それに 私達が悟れば 更に効率よく 問題を解決できます どんな仕事でも 関係ありません これが私達の 悟るべき理由です

内面のレベルの違いを お話し下さい

私は このテーマで 国連で明確に 話したことがあります 私達の配布した 小冊子を持ち帰り 時間のある時に 読んで頂ければと 思います

即刻開悟 というのは 具体的には何ですか どう達成するのですか

即刻開悟は 可能です 私達はもともと 内面で覚醒して いるからです ダイヤモンドのように 元々ダイヤなので 少し綺麗にするだけで それを得られます 既にここにあるので 私達は即刻開悟を 得られるわけです それがどこにあるか 忘れている だけです でも私は知っています どこにあるか お教えすれば皆さんは すぐに発見できます

すべての 邪淫を慎むとは どういう意味ですか

つまり  妻が一人いるなら それで十分で あるいは恋人がいれば 男性も女性もそれで 十分ということです 男性や女性が 沢山いすぎたら 問題を抱えるでしょう また自身の偉大さを 発見する冷静さが 不十分になるでしょう 印心を受ける前に すでに パートナーが二人いて 両方が幸せなら 問題ありませんが それは印心前の話です それ以降は他の人を 探してはいけません

自分が悟ったと どうやって分りますか その兆候とは どんなものですか

難しくありません 「開悟」とは「光輝く」 「悟った」と言う意味で 私達が悟れば 私達は 内在する光を見ますが 肉眼でではありません あなたが高められれば すぐに内在する 明るい光を見ます これが悟りの 現れです すぐそうなります 私達の本質は 天国の光だからです 私達はこの肉体では ないのです 肉体はただの洋服で 私達は 脱ぎ着できるのです 方法を知っていれば いつでもできます どうするか印心の時に お教えします はい できます 私に必要なのは 励ましです 

魂の向上には 苦難は 不可欠ですか

いえ必ずしも必要では なく 状況次第です 中にはこの世の苦難を 全く体験しない人も いますが それでも 神への渇望があります これらの人々は 多くの善良性と徳と 優雅さがあります きっと過去世の 影響でしょう

なぜ動物は苦しむのか 私達同様に苦しみます 私達は動物でなくても 時々苦しみます それは死 生 病 苦の サイクルです その循環から離れれば 私達は二度と 苦しみを経験しません 動物は もう少し 彼らが人間になるまで 待たねばなりません そして故郷へと通じる 道を進むのです

現存する経験豊富な 悟った案内人なしに 印心の道を進む時に 遭遇する危険とは 何ですか

手伝ってくれる 案内人がいなければ 遭遇するであろう 危険が幾つかあります 私達が 方向や 道の先にある罠を 知らなければ 時々 失敗を犯し 家路は大変長く 険しくなります それで経験ある 案内人が必要なのです 危険とは 心の障害 肉体的苦痛や 他の霊に取りつかれる ことです

いつでもどこでも 瞑想できますか

ええ でもどの瞑想と いうのではありません 人前でできる瞑想と 私的にした方がいい 瞑想があります 印心の時に 全てを お教えしましょう

卑しさとは 何だと思われますか それにどうやって 立ち向かうのですか

本当に悪い人は いません ただ人々は 安全や智慧 自身や他人のために 好ましい方法で 生活していく知識を 持っていないだけです たぶん内面に 多くの問題があり  自信がないからです 彼らは 常に自分自身と そして 戦環境とっています 彼らには より多くの 社会の愛が必要です これが私の考えです
ある人が悟りに達し 夢の中で 使者と 天使のいる天国へ 導かれた時 導かれた時 どうすれば 再び彼に会えますか 誰の夢だったのですか彼女の師なの 私なのあなたのマスターに 教わった瞑想を もっとすべきです すると何度も彼に会え 夢だけでなく 本当の内面の体験でも 会えます  外面的にも会えます 私が今あなたを見てる ように現実的です

いくつかの重要な 問題を解決する際に  私達は案内人を 呼べるのですか

はい いつでも でも マスターから 印心を受けた方が より効率的です 直接連絡できる ラインが持てますから

何人のマスターが 既に転生しましたか 現在ですか 分りません せいぜい 一、二、三、四人 あまり多くないですよ 何人マスターが 必要ですか

あなたや皆にとって  マスターは一人で十分 キリストの 再降臨について 話してください

キリストは常に 私達とともにいます

彼が天国から来るまで 待つ必要はありません 彼は常にここに 私達の中にいます キリストの姿として 見たいなら それも可能です 印心と 日々の瞑想の 修行によってです 印心の時でさえ キリストが見えます 修行仲間の中には キリスト 仏陀  古代の他のマスターを 見た人もいます あなたにも見れます

現在の 内面過ちに 係わらず 開悟と贖罪について 遅すぎるということは ありますか

あなたの過ちではない 誰もこの道を 示す者がいなければ どう霊修の人生を 見出すか分りません そうではないですか 今 見出さないなら それはあなたの過ち ですが以前は違います違います

瞑想は睡眠の必要性を 減少できますか

はい 瞑想は 社会や外面の 関わりから来る 多くの否定的な面を 減らしてくれます

瞑想を通じて  悟りは私達を 病気から守って くれると思いますか

多くの場合でまた 多くの機会によりです ですが 私達が悟りに 向かうのは 内面の偉大さと 真の生命を見出したい からであって 健康等を望むだけでは ないのです 健康は 物質的な 生命に属します 医者に行ったり 薬を飲んだりできます 神を目的に来て 神だけを考えるべきで それがより良く誠実で より良い結果を得ます

私達は開悟に たどりつけますか 日本の仏教で言う 「南無妙法蓮華経」と こう唱えれば 開悟した師から  印心を受けなくても 開悟できますか これを唱えて 光を見て 天国の音と 音楽が聞こえたら 役に立つと言えます そうでなければ 印心の必要があります 五戒は印心後 義務的に することですか 五戒を守ることは あなたと他の皆のため あなたの良心 地球の上の平和 あなたの智慧 高潔さのために より役立ちます 瞑想の時  私達は 何を考えるべきですか 何も必要ありません 私達はすでに いつも 考えすぎています なぜ瞑想の時に また考えるのですか 私達の考えと 精神を静める方法が ありますので 印心の際に教えます 一緒に座り  しばらく話す時間が 必要です 本当の印心の時 私を含めて 誰も 話しません また 静寂の中 自分自身の 本性を見出します 悟った後  私達は なお家族の 面倒が見られますか もちろん あなたは彼らを どうしたいのですか 彼らを捨てますか いわゆる私の弟子は 全員普通の人々です 彼らは家族 仕事 研究 何でも 色々に従事しています 彼らはなお普通の 生活を送りますが 内面にある他の意識 レベル 他の見えない 生命 内面の天国を 知っているのです 私達はそれを見て 天から教えを聞きます そして私達は より 知的で 賢く 高潔で 慈悲深くなります 地球にもたらした すべての良い利益と 引きかえに 病気に なるのは公平ですか

そうは思いません 病気で 利益の代償を払う べきではありません それは宇宙の法則では ありません 神は実に慈悲深いです 病気は  自然の法則への 誤解という事実から 来ています 誰があなたの霊性上の 導師ですか 仏陀 キリスト ムハンマド あるいは他の人ですか 彼ら全員です 天国からももっと 私自身からも 私も自身のマスター であり あなたもです 同様に この時点だと まだ分かりませんが あなたの教えは 回教と調和しますか もちろんです イスラム教は 地球で 良い客になるよう教え それは生きている間に 天国を見出すのに 必要なことです 私も同じことを 提供しています 五戒を尊重しなさいと それは私達に高潔さや 智慧 地球の平和を もたらします それに私は神をすぐに 見出す道も 提供しています ありがとう ですから私達の道は すべての良い宗教と 調和しています あなたは皆に 開悟を 与えられますか 誰かの深い所にある 性質を変えられる 能力がありますか 誰でも開悟する 権利があります でも求めるかどうかは あなたの選択です 真の開悟した本性を 私達の偉大さ 私達の智慧を見出せば 私達は自分自身を 変えられます

私は人々を変えません 彼らが変わるのです 真の本性が 格別素晴しく  高潔で賢いからです

真の本性を発見した 者は否定的な習慣を皆 断ち切る事ができます 取り付かれた人を どう助ければ 良いのですか 難しくありません 神は私達皆の中にいる 仏陀は私達皆の中に いると話すべきです 私達は自身の偉大さと 内面の智慧を信じる 必要があります 錯覚だけの否定的な 圧力ではありません 強い信念を持つことが 必要です  後ですべてが より良くなるでしょう 瞑想中に絶え間なく 邪魔する思いを 排除するには どうすれば良いですか 修行と 私達が否定的な習慣を 忘れる時間が必要です 私達は時間をかけて 瞑想修行を するのです 効果がないなら私達の 方法を試して下さい 一人を殺して 他の何千人を 救えるなら それは 罪を犯してるのですか ええ それでもです でも私達が 多くの人利益を もたらす何かをして 犠牲になることは 光栄です でも悟りを開いた方が より良いですし 殺す必要が あったかどうかは 後で分かります たぶんそれは 宇宙計画の一部です 何をしているのか 知る必要が あります

地獄は存在しますか ええ 存在しますが 主に 頭脳に 邪魔されている 人々のためにあります 高潔で良い人々は 決して地獄を 経験しません 印心した方は 決して経験しません 睡眠状態を通して 否定的な傾向を 削除することに 利益はありますか 少しの時間だけ 効果がある場合も ありますが 全ての 否定的なエネルギーを 削除するのには十分で ありません 私達は 長い間 過去から 過去の何回もの人生で 否定的なエネルギーを 集めてきたからです 悟りは必要です なぜなら  内面の光は 非常に強く とても 輝いていて 時には 太陽千個分の輝きで 私達の過去 現在  未来を開悟させます それこそが本当に 浄化する方法です 瞑想は祈りの修行に 含まれますか  それとも単に 精神上の集中ですか 最初は 何をしてもいいですが 後になれば  何も必要なくなります 私達はすぐに 神と結びつきます そして  直接 神と 天国と 交信します 私達はすでに 天国にいるので 祈る必要はありません

美徳の話をされました 美徳とは何ですか 真の美徳には  人生で知り得る全ての 善良さを含みます  そして 天の最高の品性です 私達が この真の美徳を得たら 美徳を所有している ことさえ意識しません そして 同時に この内面の美徳を 周りにいる人々皆に 放っていますが 皆は知っていて 私達は知らないのです それは太陽が全衆生を 照らしていても それが自分だと 知らないのと同じです それが真の美徳です ありがとう ヨガの訓練や 同様の訓練について どう思いますか ヨガの訓練を通して ある一定の悟りの 状態に達することは できますか それはあなたが選んだ ヨガ次第です そのヨガが あなたに内面の悟りと 偉大な 強い内面の光を 獲得させられるなら それは良いヨガです そうでなければ 他のヨガを探し続ける 必要があります 内面で私達に話す 声を聞いた時 それは霊性の案内人が 私達に話しかけて 導いているのですか いつもそうだとは 限りません

それは案内人と その人が何を話すかに よります あなたに真の信頼 できる案内人がいれば その人はここにいると 同時に天国にもいられ 時にはその案内人が 話しかけてきます あなたはそれが 本当の道なのか 否定的な道なのかを 検証する方法を 知るべきです だからこそ  印心に関しては  経験の豊かな案内人が 必要なのです 死後  私達は 生まれ変わりますか まだ 分かりません 私は死んでいません 死後 私達には 色んな選択があります 私達は他の人間の ように生まれ変わり 内面の天国を 認識するまで 学び続けるかも しれません 生きている間に 悟りを開いたら 私達はまっすぐ 天国に行き 永遠の至福の中で 永遠に留まります あなたがこの人生で 自然の法を無視して 反対の行為をし 神を知らず 敵対したら 宇宙の法に 反撃しているのです 私達が地球で した事に準じてしばらく苦しみ 一時的に いわゆる地獄にいる ことになるでしょう

人類が地球にいる 目的は何ですか 神が私達を通して 地球を賛美するためで 私達は天国と 地球を結び付ける ために降りてきました しかし私達は 長い間に 疲れきってしまい 重大な使命を 忘れてしまったのです それでマスターが 時々来て 真の本性を 思い出させるのです それが 私達が ここに来た理由です 神がイエスと彼の 教会だけに従うように 要求していると同時に カトリック教徒と 仏教徒になるには どうすれば良いですか 仏陀も神の子です  イエスや他のマスター たちが降りて来たのは 神には沢山の子がいて 地球には神の救いが 必要な多くの子供が いるからです それで 神は時々 私達のために その子を送るのです 仏陀もその一人です 私達はマスターを 識別してはなりません そうしたら 戦争を作りだします 既に多くの宗教戦争が 起こっていました 十分です 共存共栄です 私達は神を信じ 他の人には信じたい ようにさせましょう

私は菜食になって 一年ですが 勉強のために瞑想する 時間がありません どうすればいいですか 沢山時間はあるのに 知らないだけです バスで 電車で 飛行機で 公園で 職場の休憩時間にも 瞑想できます ここで十分 そこで二十分 今 十五分 後で十五分とあります 少し早く起きて 少し遅く 寝るだけです テレビを観すぎたり 雑誌や新聞を 見過ぎなければ 良いのです 地獄についてですが 精神病の人々の ためだけにあると 本当に思いますか これを聞いて とても驚いています 地獄は魂や心が 病気の人々を救うのに 素晴らしい病院です これは地球上にある 病気を治療する 病院と似ています

カルマ(報い)を どう定義しますか 二種類のカルマ (報い)があります 一つは悪く もう一つは良いもの ですが どちらも 地球にしばりつけます 印心後 前世のカルマ(報い)は 消されますが マスターは  今生のカルマ (報い)には触れません そうでないと皆さんは すぐ死んでしまいます 私達は世界を加護して 友達を助けるために 当分はここに いるべきで 後で天国に行けます そう望むなら二度と 戻らなくていいのです カルマ(報い)は 目に見えない力で  とても公正で強いです そして 私達が 作り出したものは 後で戻ってきます これがカルマ(報い)で 因果の法則なのです 自殺について 話していただけますか それはとても深刻で あまり良くありません 自殺した人は 苦痛に満ちた 悲惨な世界に留まり 自分が十分と思うまで そして天国に 解脱を祈るまで  長い時間 そこに留まります その人は 違う人生 違う機会を 与えられるでしょう ですから 自殺しては いけないのです

とても深刻です 明日何が起きるか 分からないので 私達は待たねば なりません 常に待つべきです すると時々 いい事もあるでしょう 人間の外面にも 神は存在しますか ええ 神は私達の 内面と外面にいます 神はどこにでもいます 神が外面や天上に いるとは言えません 神はどこにもいます ですから 悪い事を してはいけません 神はどこにでも いるからです 神は何でも知ってます あなたは神について 話されますが 仏教に 神はいないのですか それでも神を信じます そうでないと 仏陀はどこから 来たのでしょう 仏陀は 神について 話しませんでした 当時の神への観念は あまり正確では なかったからです ヒンズー教徒は 時々 テーブルに 石を置いて それに おじぎし 心で 礼拝しながらそれを 「神」と呼びます 当然 仏陀は そんな神は存在しない と言いました 違う時代ですから 人々の物の見方が 違いました だから マスター達は その 無明な人々が信じる 迷信をなくすために 多様な方法を使わねば なりませんでした でも 時に 仏陀は神について こう話しています

「神が存在するとか しないとか言わないが 全てのものが出てきて 戻って行く 一つのものが存在すると言おう」 その一つは何でしょう 神です 違いますか どうですか 同じことです ほらね イエスも 聖書のどこかで 偽預言者の時代が 来るから 賢くなる べきだと言いました それについて どう思われますか ええ 偽マスターとは 聖書や仏教  イスラム教などの 教えに反する 悪いことを 教える人のことです 盗みに誘ったり 何でもやりたいことを やらせたり 道徳的で 平和になることを 求めない人のことです しかし その人が 内面の美徳を 思い出させ  天と神の栄光を称える マスターなら そして同時に 故郷に 連れてってくれるなら 真の在世マスターです 自分の知能と   美徳  そして智慧で 判断すべきです すべてを繰り返したり あなたにとって 良い人を批判するのは 良くありません エイズのような病気が 悟りによって 治ると思いますか それは保証できません 私が神を求める時 物質的な要求は 何もありませんでした ですから 効果あるか どうか分りません 私は皆に 神の王国 だけを求めるように 勧めます すると すべてが良くなります 人の体を治すだけの ために  悟りを得ようとしては いけません  これは物質的であまり 高尚ではないからです あまりに率直なのを お許し下さい 

でも 私はそうすべきです どうやって 内面のマスターと 交流するのですか 印心を通じて そして 毎日 瞑想することを 通じてです 瞑想を始めたばかりで 内面の音が聞こえ 光の点が見えますが 永遠や愛の感覚が 感じられません どうすべきか 教えてください まだ高いレベルに 達していないからです 修行を続けると もっと分るでしょう 最初のレベルに 達すると  魔力を知り  低い天国である 内面の光景を 見るでしょう 少なくとも二つ目の レベルに達すると 永遠の生命を より強く 感じるでしょう 最低 そのレベルに 達する必要があります 修行を続けなさい あなたのマスターに 十分な力がないかも しれません その人に満足できない なら 他のマスターを 探すこともできます それともマスターを 信じるなら続けなさい あなたがどんな瞑想を 修行しているか 分からないからです より詳細に 書くべきです また書いて下さい 私の体は 瞑想する時 いつも揺れます

また 振動の流れを 感じます この現象を この現象を 説明して頂けますか これも同じです どんな瞑想を 修行しているか 話していないので 聴衆を混乱させる 可能性があります マスターがいるなら その人に相談しなさい その方がとても簡単で 便利です とにかく少し助言でき 幸いです 体の感覚に 注意を払わないように してください  瞑想の前も 途中も 後でもです ただ マスターの 瞑想の指示だけに 集中してください それは簡単です 私は医大の 学生なので たまに動物の手術を しなければなりません 私も印心できますか 私に問題を 投げるのですね 出来ると言うと  戒律に反するので 問題になるでしょう 出来ないと言うと あなたに申し訳ないし ただ私が目を閉じて あなたに印心の書類を 作成させたら どうでしょうか 私は目を閉じたから 見えないし聞こえない これは本当はあなたの 誤ちではありません あなたは暴力的に なりたくないのです あなたの 職業のためです 印心の前は  知らなかったことです 学校を卒業したら 後でより良く なるでしょう いいですね

でも もちろん  ある程度悪いカルマ (報い)を犯し たまに病気で 苦しむかもしれません すると分るでしょう

本当に楽しかったです 皆さんにお会いできて おやすみ ありがとう

自分の運命を しっかりつかんで それを必要な状態や 生きる基準に 導くことです

いつでも 必ず 肯定的な考えを保って 瞑想のパワーによって この肯定的な考えを 実現させるのです スプリームマスター テレビジョン 四月二三日 土曜の 番組「運命は 自らの手中にある」を 智慧の言葉 で ご覧ください

スプリームマスター テレビジョンの 本日の番組「運命は 自らの手中にある」を 智慧の言葉 で ご覧ください

 
全ての番組を検索
 
 
一番人気
 道士 柴 鄭 珍の物語 2/2 二〇〇八年九月九日
 指導者の本拠のための吉祥地、世界平和への恩恵 1/2 二〇一一年八月二四日
 私達の未来を守る指導者たち:気候変動の速度と優先事項1/7 英国 二〇一〇年十一月三日
 黄金時代への人類の跳躍 -ワシントンDC気候変動会議 第一部/10  二〇〇九年十一月八日米国
 「子供達の健康と持続可能な地球」済州島国際会議 第一部/8 二〇〇九年九月二一日 韓国 済州島(英語)
 在世の生けるメシア 1/4 米 、ハワイ 一九九四年九月三日
 美しい星への解決法 1/9 二〇〇九年八月十五日 タイ ノンタブリー
 地球の結束:共に生命を救う 第一部/8 二〇〇九年十月三日 香港
 魂の再会 1/3 二〇〇〇年四月二七日 ニュージーランド 、オークランド
 国際人権会議 1/5 一九九四年五月二五日フォルモサ(台湾)台北(中国語)