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生きた経典の導きの下で修行する 第三部/3 一九八八年六月一九日 イーラン フォルモサ(中国語)    
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マスターお元気ですか あなたの講義を聞く ことは福報です 彼はこれまで 霊修行をあまりよく しなかったと感じます この福報がどこから 来るか分かりません 私の講義を聞くために ここに来ることの 福報はあなたが 世々代々得た福報 前世からの 福報から来ています 今生での 福報ではありません でも恐らくあなたは この人生でも何か 良い事をしましたが それを知らないだけで 例えば 私は 三十なん歳ですが 三十歳前にここには 来ませんでした たぶん以前他の世界で あなたに会ったか 他の国であなたが 私にカップ一杯の水を 与えてくれたか

私のために道を少し 片づけてくれたか 道を見つける手伝いか 運転してくれたか そんな小さな事など それは今日の 縁に変わります そういうわけで あなたは聞きに来ます 一生懸命修行する事に よって福報を 得る必要はありません ある霊修行者に 会って 彼を一目 見ることによって 私達の福報は 何百万劫も修行する 利益より多くの 福報を得られます 仏陀 山 海を崇拝し 寺院を建築することで または三宝に 供養することによって 福報を得られるだけ というのは 本当でありません そうとは限りません

最大の福報は 生きている悟った マスターに会う事です 釈迦牟尼仏は 仏陀に 会うことは簡単でない と言いました それは最大の福報と 加護を得るものです 他の福報はないに 等しいほど小さいです それらは無用なだけで なく この俗世界に 私達を縛っています さらに悪いです 名前 名声 富のような ものは 私にとっての 福報でありません それらは私をここへ 縛るので 私への悪い カルマ(報い)です 美しい妻や 素敵な夫 大きな家や 巨大な宮殿などは 私達を縛るものです 私にとって それらは 福報でなく 悪い カルマ(報い)です 従ってそれが福報か どうかは 人がどう 見るかによります マスター 人が往生した後に 完全に宇宙から 姿を消すことは 可能ですか 可能であれば どう すれば達成できますか

あなたが消えたら 何も残っていません 私達は消えません 往生した後 何も消えません 簡単ではありません 簡単なら 観音法門を修行する 必要はありません 仏陀を崇拝する 必要はありません 何も必要としません 自分がしたいことは 何でも出来ます 殺生 飲酒 喫煙や盗み   邪淫をすることなど 私達が往生した後 全てが消えるためです

いいえ誰も消えません 私達を待っている天国 そして待っている 地獄があります 私達は来世で 人間として 生まれ変わります あるいは 来世は動物 として生まれ変ります 私達を待ってる沢山の 異なる世界があります 私達が姿を消すのは 簡単ではありません あなたが 将来の因果から 解脱したければ 観音法門を 修行すべきです けれども観音法門を 修行することは あなたが姿を消す という意味ではなく すべてが消えるという 意味ではありません そうではありません しかし私達はより高い 世界に行けます 観音法門を 修行することによって  至福の世界に行けます それらの世界は私達の 世界と比べられません 私達は消えません ですから 私達の世界の物体には 形態と形があり それらに触れられます この妻と夫を 見ることが出来ます その老人や老婦人を 見ることが出来ます ゆえにこの世界に 姿と形があると言い 「消える」というのは 形態または形のない 他の世界へ 行くということです しかしそれは 何も感じない 何も知らない 智慧がない 生がない 訳ではありません 私達にはあります でもそれはここにある 粗雑な人生とは 異なります ですから私達は 自由となり 消えると言うのです 消えるのは何も残らぬ 訳ではありません 私達が何も感じず すべてを諦めるという 意味ではありません そうではないのです 私達はこのように 「お金を失い」ません

そうだとすると 「お金を失って」います 良い商売ではないです マスター 在家者として修行を するのと 僧として 修行をするのとでは 違いはありますか 両方の違いは何ですか

何の違いもありません 同じマスターの下で 同じ法門を 修行していれば 何の違いもありません 違いがあるかも しれませんが それはそれぞれの 状況の違いに よるものです 例えば釈迦牟尼仏が 存命の時 彼の出家弟子の中には 阿羅漢のレベルに 達した人もいれば 菩薩のレベルに達した 人もいます 釈迦の在家の弟子の 中にも阿羅漢の レベルに達した人も いれば 同じく在家の 弟子で菩薩のレベルに 達した人もいます 同じです しかし釈迦について 学んでいない人は 何も得ていません

ましてや在家で 釈迦について学んで いない人は論ずる 余地もありません ですから問題は 出家するとかしない ことではありません 重要なのはどんな マスターについて どんな法門を習って いるかということです

広欽老和尚は 十人の出家者のうち 九人は間違っていると 言っています どういう意味か それは悟りを開いた マスターなしに 出家するのは可哀相だ という意味です 意味のない生活を 送るという意味です 正直に言います 悪いカルマ(報い)を 集めるだけです なぜなら 修行の功徳はないのに 人々から供養を もらうからです その悪いカルマ (報い)は消化できず 供養した人も 供養した人も 何の福報もありません 釈迦牟尼仏ははっきり 言っています  私ではありません 釈迦は言いました 供養する人は 純粋で純潔であって 始めて 供養を受けた人は 悪いカルマ (報い)を 受けないと 供養を受ける人も 本当に純粋で 純潔であって始めて 相手に 福報をもたらすことが できるのです 彼はそう言いましたね 勝手に供養し気軽に 供養を受けていいと いう訳ではありません

盂蘭盆経には 釈迦について学ぶ 阿羅漢 聖人達は 夏のリトリート後 供養を受ける 供養を受ける パワーが備わり 供養を受けた 悪いカルマ(報い)を 消化でき 亡霊も超昇できると 書いてあります 出家者であれば 誰でも供養すると 亡霊が超昇する 訳ではありません ですから 釈迦が在世の時 彼の出家弟子の中には 釈迦の目の前で 地獄に落ちた人も 少なくありません 釈迦が説法している 最中に聞かずその場を 立ち去ったのです

五千人もの人が 去っていきました ですから出家者と 在家の人は 何の違いもありません 良きマスターと 良きマスターと よい法門さえあれば 出家しても 在家でも 何の違いもありません マスター あなたが言った悟りを 開くとは無形のものが 見えるという事ですか それだと陰陽の いずれも見える人は 開悟したのですか 開悟していません どんな境界を 見たかによります 多くの人はお化けを 見ています これは 開悟ではありません 「開門」です 地獄の 門を開いたのです お化けを見て 何になりますか なぜお化けをそんなに 見たがるのですか 仏陀を見て 仏陀の光や 仏陀の音を聴いて 始めて開悟したと 言えるのです ただ偽の仏陀の音と 本当の仏陀の音 偽の仏陀の光と 本当の光があります 偽の仏陀の光 偽者の仏陀 偽者の境界 偽の仏陀の声があり 人を困惑させ 何が何だか分別できない事もあります 境界を見た後も 何も覚えていません 自分が何を 言ったか 何をしたか 戻った後も何も 分かりません 

それは 開悟ではなく 魔に 取り付かれています 自分が何をしたか 何を言ったかも 分からないからです これは開悟ではなく 開悟した人は 自分が言った一言一言 はっきり覚えていて 天国で見た事が 正確にわかります 見た後 戻って来て  次の日も同じ境界に 行って見れます これが開悟であって 今日ある種の光を 見たとすると 翌日 翌々日 数日後に まったく同じ光を 見ることが出来ます 暫く経つとその光を 超えることが出来ます これが本当の開悟です 今日仏陀の声を 聞いたとすると 次の日も同じ声を 聞くことができます 翌々日 数日後にも 聞くことができます 一定期間 修行してから その境界を通り抜けて 違った声を聞きます これが本当の開悟です 無形のものを 見たからといって 開悟したとは 限りません 無形のものは 沢山あります 昆虫や蛾を見て 開悟したなんてことは ありえません それらは虫眼鏡で 見ることも できます  それは開悟ではない 偽りの境界や 偽りの仏陀 偽りの光を見ると 精神状態に 影響を及ぼされ 体の具合も悪くなり 生活も不調になります 本当の仏陀や 仏陀の光を見て 本当の仏陀の声を 聞くと とても気持ちがよく 頭もはっきりして 智慧もますます 大きく開きます 本者と偽者は 違います 自分のレベルは自身の 体験で測定できます 開悟は修行者にとって どんな意味が ありますか ご自身が開悟すると 分かるでしょう

マスター人間の本性は 善と悪とどっちですか または非善 非悪で 善悪を超えるべきか 全てです 全てを含みます 善悪 非善 非悪 善悪を  超える全てを含みます 言葉で説明することは 難しいです 修行して分かる事です さもないと 論じれば論じるほど 良くありません これについて知れば 知るほどよくないです なぜならただその事を 知っていて 何の 体験もないからです クッキーの名前を 繰り返すのと同じです マスター 人間は魂がありますか あるとしたら  なぜ見えないのですか 人は 見えるものと 見えない物があります 例えば空気は 見ることが出来ません しかしそれは存在し しかも大事なものです 空気は最も重要です そうではありませんか 私達は水がなくても 一日 二日 三日 四日も生きられます 食べ物がなくても 服がなくても 暫くは生きられます しかし空気がないと すぐに死にます そうではありませんか 空気は形もないし 姿もありません それを掴むことも 見ることもできません しかしとても重要です 魂も同じです そうでなければ 死んだら 体や 目や耳が あるのにどうして 動けないのですか どこにいるのでしょう

これは 私達にはもう一つの体 つまり魂 本人または 本性 仏性がある ことを意味します 私達はこの体ではなく これはただの道具です 車と同じで 車と運転手は違います この二つが一緒に ついていても違いです 運転手が車の中で 車を動かしますが 彼は車ではありません 彼はいつでも車を 離れられます 鍵を 忘れた場合を除いてそれはちょうど 今の私達の状況で 魔に閉じ込められて いる状態です 全てのドアは閉められ 私達は中にいます 外に出られません 死ぬと出られますが これは役に立ちません どこに行ったらいいか まったく分かりません これについて一度も 習ったことがないし 別の境界を見たことも ないからです ですから私達は修行 しなければなりません 先ず宇宙には どういう 境界があるか 宇宙のどこに 何があるか どの国は行っても いいのかを知る事です そして死んだらそこへ 行くことができます こうすると安全です マスター なぜ人は死んだら 消滅するのではなく 引き続き輪廻しますか なぜ多くの悪い人が この世界で絶えず 悪いカルマ(報い)を 造るのですか 平和な世の中は あるのでしょうか 私が言ったように この世は魔の世界で 私達の家ではないです 平和を求めるとしたら 別の世界 つまり安全な 世界に行くべきです 地球上も同じです 地球上には多くの 国があり 比較的安全な国と 安全でない国があり 戦争をしている国や 自然災害のある 国があります

そこは安全でないし 住めません 安全を求めるとしたら 別の世界 別の国を 見つけて住むことです しかしそこに行くには お金が必要です 能力のある人 ガイドやそこに連れて 行くことを保証できる 人が必要です むやみに出ていく ことはいけません  同様に宇宙には  小さな地球だけが存在 しているのではなく 多くの世界があって そこに避難できます そこを知っている人は 戻って来て私達を そこに案内できます その人について行くと 安全です その人を マスターとか案内者 先生と呼んだりします 彼らは同じで この仕事ができます マスター  私の母は 三十年以上も 菜食していますが 今八十歳過ぎています 彼女は長い間病気で 体が弱いですが 印心を受けると よくなりますか 体が虚弱な人は 印心を受けられますか 第一 八十過ぎの人は その子供が印心を 受けていない限り 自分の子供が 印心を受けていないと 印心できません 自分でしっかり 修行する事ができなし   助けが必要だからです 彼女の仏性がはっきり していないという ことではなく 頭が はっきりしないのです また病気を治すために 印心すべきでは ありません 病気のためでは ありません 年を取った人は もちろん病気をします 病気を治すつもりで 観音法門を習いに 来るのは 止めて下さい 何故なら 生まれて 年を取り 病気になり 死ぬのは 極自然だからです 私達は生死からの 解脱を求め 戻ってきて病気する ような事が永遠にない ようにするためです 儚く短い間の体の病を 治すためではないです 今日病気にかかり 明日も病気になります 今日治っても 明日また病気になり 今年治ったとしても 今年治ったとしても 来年また 来年又病気になります 病気を治すために 修行するとしたら 道に合致しません よっぽど  病気を治す人の所へ 行った方が いいと思います 私は観音法門を 習うと 病気が治るとは 約束していません 私は決して 神通力で病気を 治すとは言ってません 病気は医者に 見てもらうべきです

神通力で病気を 治したければ呪文を 唱える魔術師を 捜すべきです 私は約束できませんし 騙すこともできません 私はただ永遠に解脱 させる事しかしません 病気を治すことも しませんし治そうとも 思いません 病気は 悪いカルマ(報い)で 病気することで 悪いカルマ(報い)を 支払うことになります だから病気はいい事 マスター 金剛経には 全ての形は皆 幻想だとあります  マスターは光を見て 境界を見ることは 悟りを開いたと 言いましたが この二つは 矛盾しませんか 何が矛盾ですか 私が言った光は電球の 光ではありません 幻想とは 消滅することがあり 時にはあり時には 消えるものを指します それが幻想です しかし仏陀の光は 永遠に存在します 今日それを得ていれば 明日も明後日も それを得る事がきます 破壊できるものは 永遠に存在しません ですので幻想ではなく 本物の境界です この世界は幻想です 全てのものには 生があり 死がありで 今日あったものが 明日にはなくなります これが幻想です 釈迦牟尼仏が説いた 金剛経は この世界についての 話です この世界には 生死があり 形もあって いずれも 幻想だと言っています 今日あったものが 今日あったものが 明日にはなくなり とてもはかないのです 釈迦は私達に仏陀の 世界 永遠の世界を 見つけるよう教えて います 永遠の世界の 光は日光ではなく 電球から発する 光でもありません それは私達自身の 光なのです それは仏陀の光で その境界を 得たことは 仏性を得たことであり 仏土を 得たことになります 仏土は 幻想ではありません 永遠のものです その光は物質に よるものではなく 今日あって明日はない ものではありません 永遠に存在します それらの境界も 永遠のものです 永遠に生まれず死なず 汚れない清潔なもので 生成され 維持され 崩壊されて消える  ものではありません 幻想ではありません 私達こそ幻想なのです

マスター 仏陀と衆生はどっちが 先にあったのですか

全ては心が 造ったものです 心はどこから 来たのでしょうか 本々は心など なかったです 本来はよくバランスの 取れたエネルギーです それが退屈になって 動き始めて 様々な形のものに 変わりました これを 私達は衆生と呼びます ですから仏陀が先で 衆生は後から あったと言えます しかし釈迦は 衆生がなければ 仏陀も存在しないと 言っています どうしますか これは公案にして皆に 考えてもらいたいです 私は公案が 好きではありません これを 超越すべきです 境界や葛藤の世界 弁論の境地を超越して 自由自適になるのです 公案を解きたくはなく 皆さんが望めば 自分で解いて下さい 率直に言って たとえ仏陀が先に あったとしても私は それを問題にしません たとえ仏陀が衆生より 先にあったとしても お茶を飲みにいきます 何の差し支えも 関係もなく 重要でもありません 仏陀が先に あってもよく 衆生が先でも よいのです 両方が張り合うのは 彼らの間の問題です 彼はまたこんな質問を しています 衆生は 仏陀になってから この世に戻ってくる 過程において困惑し 再び道に迷うような ことはありませんか あります さもないと 娑婆世界の衆生とは 言えないのです

必ずここに来て先ずは 道に迷わなければ なりません それから修行して 再び開悟します 話によると 釈迦は兜率天から 降りてきて世々代々 すでに仏陀に なっているとの事です それでも彼が この世界に戻った時は やはり無明でした 彼は三十年間も 無明でした ただ食べて飲んで 享受するばかりで 何一つ良い事をせず それである日 彼は この世の無常を 目の当たりに したのです つまり 生老病死を見て 彼は悟ったのです すぐに マスターを見つけ 六年間苦行した後 マスターを見つけ 道を得たのです これはたとえ 仏陀でも この世に戻ってくると 普通の衆生と 同じだという意味です イエスは 神の一人子です それでもこの世界に 来た時 十数年間も 苦労して修行し 最後に開悟したのです ですから 仏陀がここにきても 普通の衆生と同じです 彼は慈悲深いがために ここに来て 衆生の友になり 衆生と同じ感覚を持ち 凡夫の服を着て 凡夫と同じように 頭脳を使い 凡夫と同じ 物を食べて 同じ事をします いずれも衆生のことを 理解するためです なぜなら仏陀の レベルは高すぎて 私達の気持ちが 分りません そこで先ず人間になり 私達の状況や 考え方を理解せねば ならないのです そうして始めて私達に 話す事ができるのです 彼は彼で私達は私達だ とするとどうやって 通じ合うのですか ですから先ずは 無明にならなければ ならないのです 無明でない人で あってもそうです

無明になるのは 衆生の気持ちを 理解するためです マスター 人間は 天が創造したのですか (はい) そうだとすると なぜそれらの聖人達を この世界ができる前に 天にいさせないで この世界に来て沢山の カルマ(悪い報い)を 作るように したのですか  なぜこの世界を 何もない 空の状態にして おかないのですか それでは 面白くないからです ある人は 天国が好きだし ある人は地獄が好きで またある人は仏陀の 国が好きで ある人は この世界が好きです

この世界を見ると 分かるように 例えば 今日私の経の講義を 聞きに来た人の中で どれだけの人が天国に 戻ろうとしますか ほんのわずかです 好奇心で来て 聞いているだけです 修行する人も あまりいないのです 印心を受けた人が 全部修行するとは 限りません つまり誰もが 天国に戻ることを 急いでいるのでは ないという意味です

ですから 食べて 飲んで 遊んで 楽しむ 世界がなければ なりません また喜怒哀楽の 世界があって  人が自由に 選択できるように しなければなりません

皆が天国に住むことを 強要できません

この世界と同じです フォルモサ(台湾)は こんなに小さな国土 なのに それでも 喜怒哀楽できる 場所があります

修行に精進する人に 提供する 道場もあれば 浄土法門は 人々に念仏の場所 呪文を唱える場所 数珠を数える場所を 提供しています

マスターの肉体を 見る事ができない人で 光だけを見る人には 亡霊が見えますか マスターの肉体を 見る事ができない人で 光を見た人は 亡霊を見るとは 限りません なぜなら彼はすでに 亡霊の境界を 超えているからです 高いレベルの 境界だけを見ます 彼と関係のない 地獄などは見ません 見るかもしれませんし 時と場合によります 幽霊を見て 何をしますか いつまでも幽霊を 見たがって 仏菩薩は 見たがらないのです 皆様に感謝します ご協力と 精進の精神 誠意と研鑽 そして 討議に感謝します とても嬉しく思います 今日の 経の講義に来てくれた 人は大半が 偉大なる人です なぜなら彼らは本当に 見解を共有し 交換したいからです とても嬉しく思います 明日もまたお会いして 討議することを 期待しています

さよならお休みなさい

メディテーションの 優れた効果 あなたが神を十分に 長く沈思すれば 脳内で驚くべきことが 起こります 神経機能が 変わり始めます

霊修行は 脳の神経機能を 強化します それは心身の 健康を改善する 方法によってです

特定の神経回路を 強化します それは 穏やかさ 社会意識や 他者への思いやりを 生み出すものです

認知と コミュニケーション 創造性を強化します

落ち着きや 平穏さ 穏やかで 用心深い ままでいさせてくれ ほぼ全ての人に 積極的で楽観的な 展望を 与えてくれます

あなたが何を信じても 関係ありません キリスト教 ユダヤ教 イスラム教ヒンズー教 不可知論者であろうと 無心論者であろうと たとえ10分~15分 瞑想しただけでも 認知や緩和 そして 心理学的健康に 大いに陽性効果が あるように見えます

アンドリュー ニューバーグ博士 米国 ペンシルベニア大学 精神と神経科学 センター所長 博士の著書より 「神はいかにして 脳を変えるか」

地球温暖化を危惧し また人類と全ての 生物の生命を守るため 今すぐ行動する 差し迫った必要性に 駆られてスプリーム マスターチンハイ 国際団体メンバーは 気候変動に関する 会議を開催しました 題して 「美しい地球への 解決策」タイ ノンタブリー県にて二〇〇九年八月十五日

スプリームマスター テレビジョン 今週の日曜日 九月二十七日の 智慧の言葉にて ビデオ会議 「美しい地球への 解決策」第一部を ぜひご覧下さい 

本日のスプリーム マスターテレビジョン 智慧の言葉にて ビデオ会議 「美しい地球のための 解決策」第一部を ぜひご覧下さい

ですから肉食は 動物への虐待です 肉食は私達の 健康への虐待です 肉食は子供たちへの 虐待です 肉食は地球への 虐待です ビーガンになって 私達は決してこんな 結果によって苦しむ べきではありません 絶対に 二度と
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