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戒律の意味 1/4 一九八九年十二月三日 合衆国、カリフォルニア州、サンタアナ    
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主催者からマスターに 果物と献花を 捧げたいと思います それでは マスターについて少し ご紹介致しましょう 私達は今日この講演に 参加するためボストン から参りました 他に遠くから来た方は いらっしゃいますか どなたが遠くから 来られましたか どこから来ましたか ボストン 他にもいますか 誰が遠くから来ました ニューヨークですか ようこそ ボストンニューヨーク 他の都市からこの 講演会に参加する為に 本日来て下さった 方々がいますね

では私の体験を通した マスターを光栄にも ご紹介させて頂きます 一年以上前のことです ボストンのある友人 リエンヌ 歌手の ハタンの妹で 両者は マスターの弟子ですが 彼らが私に電話を してきて言いました 「フォルモサ (台湾)からの講演会を 行いたい人々がいて ヒマラヤで開悟し 在世の仏陀と 考えられている尼僧が 公開講演会をする 企画を組織したいと 考えているようです」 また彼らは霊に 憑かれたボストンのオゥラック (ベトナム)人が 祭壇のこの聖人の 尼僧の写真を見た だけでその霊は去って 行ったと言いました

おそらく過去に私の 専攻がコンピュータ 科学だったので 私の頭脳はまだ論理的 科学的な理由に影響を 受けていたので本当に 信じられませんでした 結局 私の友人は私に この公開講演会の 組織に加わってくれる ように要請したのです 私はこの組織を援助 するのは止めようと 決め 参加者とし訪れ オゥラック(ベトナム) 人の間で著名な その聖人の尼僧に ついて 誰が彼女のマスターで 祖国はどこで 両親は誰かなど こっそり探りました その後 私はその聖人の尼僧が ハーバード大学で 講演することを 知らされました

そして私がホールに 足を踏み入れた時 皆さんが見てるように 「スプリームマスター チンハイ」の語を見て 私は少し驚きました そして思いました 「なぜ無名な尼僧が 彼女自身のことを スプリームマスター チンハイと宣言する」 その日通訳者がいなく 友人は私に英語から オゥラック (ベトナム)語の通訳を 要請したのです 結果 気が進まないが 通訳者になりました そのために私はこの 聖人の尼僧の言葉を 注意深く聴く機会を 得ました また 彼女と観衆との間の 質疑応答も通訳する ことになりました

講演会場は ハーバード大学 法学部でしたので 法学部でしたので その観衆は 知的な面々であり 彼らは多くの仏教 キリスト教 神などについて 質問を投げかけました その聖人の尼僧は 明確で論理的に 返答をしました 私は彼女が質問に 答える度に蓮の花が 開くように感じました また観衆のメンバーの 多くが博士号取得者 つまり博士号を持ち ハーバード大の教授で 教鞭をとるような 人々でした 講演を聞いた後 その聖人の尼僧の 弟子になるために 印心の申し込みが ありました

最終的に私も彼女の 生徒になる申し込みを 行い彼女がどんな人か 気にしませんでした 誰の下で学んだか 出身国はどこか 彼女の背景なども それから無数の 彼女の新しい生徒達は 彼女について ニューヨークへ行き コロンビア大学の 講演会に参加しました 二日間 私がこの聖人の 尼僧に追従する間に 幾つか自分の頭脳に おいて論理的に説明 不可能な事が起きる ことに気が付きました 幾つか出来事が 他の場所で起きてたり まだ起きていない 事柄について この聖人の尼僧は 知っていて その詳細 ばかりか結果まで 先に知っていました

聖人の尼僧は非常に 簡素な生活でした 私達はニューヨークの 中華街にある倉庫の 一階と五階に 滞在しました 聖人の尼僧は床で眠り 更に簡単で非常に 薄い寝袋だけでした 私は心苦しく感じ 彼女は五階に何人かの フォルモサ(台湾)人の 弟子達と留まりました 私は出家者に対して 何か敬意が不足する 感じがしたものです でも私は後に彼女は フォルモサ(台湾)でも その様に簡素に暮らす ことを発見しました 彼女は寺院を建設する ことを推奨せず地面に 寝ていてテントで 生活をして全ての 彼女の弟子達もまた テント生活をしました

彼女の背景に関しては 外にある書籍に 記されています 私は少し参照したいと 思います 彼女はキリスト教 家庭に生まれ育ち 幼少時 彼女は父方の祖母と 寺院へ行きました 彼女は動物達に 深い愛情を持ち尼僧に なりたいと思いました でも彼女の家族は 許可しませんでした 十八歳の時 彼女は学業のため 英国へ渡り 後にドイツ人医師と 結婚しました 彼女は赤十字で オゥラック (ベトナム)の 避難民達の支援を行い 同様に他国の 避難民救災をも行う 仕事をしていました

彼女が働けば働くほど 無数の人々は助けを 必要とし増加して いくばかりです 彼女は仏陀の言葉を 思い出しました 「出家する事が最高の 功徳である」修道の 修行者が仏陀になり 全衆生を助けられると そのため彼女は夫と 離別する決心をして 尼僧になりました ヒマラヤのマスターに 与えられる 即刻開悟の その法門のことを 聞くと その聖人の尼僧は そのマスターから ダルマ(真理)を 学ぶためヒマラヤ行き バスに乗り込みました

手術を受けたばかりで 完全に回復してない にもかかわらず 開悟に到達した後 彼女はフォルモサ (台湾)へ行き 修行を続けました ある嵐の夜 一団のフォルモサ(台湾)人が 彼女を探しに来て 言いました 観音菩薩が彼らを この聖人の尼僧の元へ 行き観音法門を 学ぶように示したと いうことでした 後に 彼女は公に そのダルマ(真理)を 公開するに 至りました 体験に関していえば その聖人の尼僧からの 印心を受けて一カ月後 印心した 初めての日 恐らく私の頭脳は いまだに論理的でした

そして私は 他の瞑想の法門を 学んでいたせいかも しれません 何も 体験がなかったのです 私が光と音の 瞑想を行ったとき 他の者が 光を見ていても 他の境界の音を 聞いていてもです 最近になって 私は他の境界が聞こえ 白い光が見えるように なりました 仏陀もです 瞑想の後 私の体は 非常に快適に感じます 時々私は朝の二時とか 三時まで瞑想をします すると その朝 私は疲れることなく 仕事に行けます 法華経の 「ダルマの 教えの利益」の章でも この経典を唱える 人々が見たり聞こえる 多くの境界について 言及しています

私の精神面では 二週間後私にはもはや お金に関する貪欲さが なくなりました 人々がお金を稼ぐ話を している時 うんざりし聞きたく なくなりました しかし私の商売は 良くなり続け 以前より更に 良くなったほどでした 私の性欲は大幅に 軽減し十分の一か二に また癇癪も 数パーセントまで 軽減したほどです 霊性面で言えば 更に瞑想が好きになり 私の霊修行は 理論的部分より より実践的な修行に 傾きました

時々 私は自問します 「たった一カ月しか 経っていないけれども 私の霊修行は とても進歩した 聖人の尼僧に従う 弟子達で六、七年 経っている人々は どれくらいのレベルに いるのだろうか」と 会場の皆さん 私達の多くが 「彼女は仏陀か菩薩 または凡夫なのか」と 不思議に思うでしょう ある人々は私と同様に 尋ねるでしょう 「彼女のマスターは オゥラック (ベトナム)の誰 どこの出身故郷はどこ 両親は誰?」などです な

ぜスプリーム マスターの称号か」と しかし最も重要な 質問とは「彼女は 何を教えているか 彼女の教えは経典に 適合しているか 彼女に従い学ぶなら 私達はトントン拍子に 進歩するか 至福を得られるか 今生において 解脱に到達することが できるだろうか」です 私の個人の 過去数カ月の 体験によれば 答えは「はい はい ええ完全にはい」です 今日カリフォルニアが 聖人の尼僧の最後の 旅の停留所です 誠実な多くの弟子の 祈りによって 聖人の尼僧は ロサンゼルス サンノゼに立ち寄り 香港へと 旅立ちます 彼女は昨日到着した ばかりです

ブラジル コスタリカ などのアメリカから 彼女は元来ユーモアが ありドイツ人は彼女を 「面白い仏陀」と 呼びます 会場の皆さん 経典でも言うように 「真の仏陀の教理に 遭遇する事 開悟した マスターに会うことは 難しい」と 経典で言及している 優曇華の花は 二千年に一回しか 開花しないと されています 今日がその優曇華の 開花日です 私達はマスターに 敬意を払い 謹んで マスターチンハイを ご紹介致します 私は皆さん同胞と共に 暫しの間祈ることを お願いしたいと 思います

仏陀に菩薩に 私達のこの講演が 成功するよう加護し オゥラック (ベトナム)が全世界が 加護され私達がすぐに 真我に戻れますように 南無阿弥陀仏 ありがとうございます 私達は皆さんの ダルマ(真の教え)への 誠意と温かな歓迎に 感謝しています 私は昨日パナマから 戻ったばかりです 私はあまり眠っていず 不規則な食事によって 少し今日は疲れを 感じています 何か不足がある場合は どうぞお許し下さい 仏陀になった人の 意味は彼らの心が 仏陀になったことで 彼らの魂が仏陀に なったということです

彼らの智慧が源に 戻るということですが 彼らの体は まだ人間の体です 従ってしばしばそれは 疲れ まだイライラが 現れたりします 従って多くの人々が 時に私に尋ねます 「なぜ僧はそれほど 難しいのか」と 彼らが難しいという 訳ではありません 時に状況が特別であり 時に弟子が沢山の 質問をし過ぎるのです その質問は霊修行に 関連のない事だったり するので僧はイライラ させられるのです しかしこれらの僧が いなければ ダルマ(真の教理)は 恐らく消滅するの ではと私は恐れます 従って私達は 霊修行者を 尊重すべきです

それは私を尊敬すべき という意味ではなく 他の霊修行者も 尊重することです 私に対しては 既に尊敬などあえて 気にはしていません あえて何かを夢見る こともありません 私がただ恐れるのは 霊修行者として責務を 達成できないことです その理由で 私は講演をする前に 常に仏陀や天の加護に 祈るようにしています この講演が聴衆の 皆に恩恵を与えられ 貴重な時間を 無駄にしたり 誠実に真実を求め 努力する人々を 失望させないようにと 私はオゥラック (べトナム)語を長い間 話していませんから 錆ついています

講演の時には私は 英語と中国語だけ 話してきました オゥラック(ベトナム) 語を使うのは稀です 少し待って下さい 五分位で少し なじんできます 皆さんが来なかったり ダルマ(真理)を 聞きたくなかったなら オゥラック(ベトナム) 語を話す機会を私に 与えて下さらなければ 恐らく私は永遠に 忘れたかもしれません たぶん十年で私は 他のオゥラック (ベトナム)の言語を 話せなかったでしょう ダルマ(真理)には 多くの戒律が あります 凡人はそれらを 守ることが不可能だと 信じています

「厳格すぎる」と 昔 私が出家する前 私が剃髪をする前 出家者になる前 私は家で 修行をしていました 菜食を保持するのは 言うまでもないです これは簡単すぎます 簡単ですね 難しいですか 気にせず大丈夫です 私にとって生涯の 菜食は簡単です 皆さんの多くは少し 困難かもしれません 困難なのは食べたく ないからではなく 状況が強要したり あなたが菜食するのを 許さないことも あったり 口が強要したり食べる のを許さなかったり しばしば夫は 菜食が食べたくても 妻が料理しないとか 菜食料理のつくり方が 分からないからです 従って多くの複雑な シナリオがあります この世界に住むには 複雑でないことは 何もないのです

例えば 私は皆さんに 告白しますが 何が難しいかというと 家で霊修行を 行っていた時 ただ空に飛び出て行き 出家することは できなかったと 分かるでしょう 私は未だ戦い 自らの人間的な特徴と 習慣を克服するために 貫き通さねば なりませんでした ちょうど生まれた 時にはただ母乳を 飲むのと同じです 私達には他に飲食は 不必要です そして両親は私達に 肉 魚 米 何かを与え 始めました そして 私達が成長してそれに 慣れてしまいます そして私達は友人を 訪問したり 招待されたり いくらか飲酒し 飲酒に慣れてきます

またタバコがあり 「あなたが一服吸い」 「私が一服する」など 私達は喫煙に 慣れてしまうのです 一旦 習慣化すると 止めるのが困難です 生まれながら飲酒者 喫煙者ではないのです 従って 私達は知るべきです この世で私達がする 事は良くないことだと 単に状況が そうさせていると いうことをです 私達が悪習慣を 身につけたからで 私達が悪人ではなく 生まれながらにして そうではないことを 従ってこれらの理由や 判断で 私達には希望を 与えられます 

自身を 再発見する希望を 無垢で純粋な部分を 私は自身を今 「コ」(尼僧の称号)と 見なすべきですか または「トイ」(私)と 「コ」(尼僧の称号) 「コ」なら 私が尼僧になって以来 私の立場からして それは果たされます 子供の頃から大人に なるまで私は稀に 「トイ」(私)を使い この「トイ」の言葉は (平素の私)です 私には難しく思えた 感じとして 分れ目があり距離が あるように感じます 愛情も伝えられない 感じがします よって私が子供だった 頃私は自分の名を表す 時には他者と話をする その時には 「コン」(娘) 「エム」(妹) 「チャウ」(姪孫) 「チ」(姉)を 使用しました

今私は仏教尼僧でただ 自らの仕事をします 自分自身を「コ」と 表し「比丘」の意です 私はあなたの叔母でも 伯母でもありません 皆さんは私達の両親で 兄弟で姉妹です 私達自身を「トイ」 (私)と表すなら 私達の両親と共に 更に場違いでしょう 私達自身を「トイ」 兄弟姉妹とするなら 距離がありすぎます それで私の立場を 状況に応じて適用し 活用するのです 分かりますか 私自身を「コ」と表す と考えないで「コ」 あなたの(叔母か師)で そうではないのです または自身をチンハイ と呼ぶべきですか

これもまた少し 不思議な気がします この期間の間私は この「仕事」を 請け負ってなく又は 霊性の師という仕事で 私は家で修行しました 菜食者であることは 言うまでもありません 通常私達がいわゆる 修行するとは 在家の仏教徒とは 私達は普通に修行する ことでしょうね 寺院へ行き 仏陀を崇拝します 供物を捧げ 僧たちへ 仏陀へ供養します 献花 果物 何でもです そして私達は菜食をし 家に帰ります しかしある日 私の初めての先生は 仏教徒の尼僧でしたが 私に五戒を守るように 強制しました

私は「なぜ 私は既に 菜食ですし 修行もしています 既に良いでしょう なぜ五戒を守らねば ならないの」と尋ね 彼女はこう答えました 「まだ不十分です 五戒を守ってこそ あなたは善良です」と その瞬間私達は戒律を 守るその時ですが 私達の恐れでも ありました 通常私達は自分は 大丈夫だと思います 毎日 私達は菜食をし 真の仏陀になり 仏陀を拝みに お寺に行きます 僧侶にお供え物を 捧げて あれこれ 布施をしますが なぜ戒律を受入れ なければなりませんか その尼僧は私に戒律を 強制的に与えました

長い間 戒律無しで 仏教徒でいるのは 正式ではないと 言われました  そうですか それで私は言いました 「ええ戒律を受け入れ 私は冷静です」 それで私は戒律を 授かりました その儀式の間 僧侶は机をピシャッと 叩いて「ではあなたは 受け入られますか」 私は震え 後で私が 受け入れられないのを 恐れました こんな感じです 五つの戒律があります 私は本当に長い間 すでに菜食なので ただ続けます 最初の戒律は 殺生をしない これは簡単ですね

「私達は人を殺さない 動物を殺さない それでいいのだ でも他の人々は私達が 食べるために殺すのは 何も悪くない」 私達はそう考えますね 「私達は汚い仕事は していない 他の人にさせればいい それで構わないのだ」 だから第一の戒律は 非常に簡単です 私達は即「OK」です では二番目の戒律は 何ですか 盗みをしない 非常に非常に簡単です 簡単過ぎます 簡単すぎると思います では三番目の戒律は 邪淫をしない 邪淫をしない 非常に非常に簡単です 大丈夫 簡単ですよね ちょっと まあ簡単ですし 難しくもあります 構いません いいです 大丈夫です

目を閉じて 無視するだけ ええ 四番目の戒律は 何ですか 嘘をつかない 五番目の戒律は 酒を飲まない ですね(はい) そう 私は二つの戒律に 引っかかりました どこでひっかかったか 分りますか 私は主婦で髪を 巻いていました 私は直毛でしたので オゥラック(ベトナム) 女性は直毛なので 私は髪を巻いていた のです それで私は 嘘をついてる 人を 騙してると思いました 直毛だったので 可愛くするため  巻きに行きました 嘘つきだと思いました

それから私がまた 引っかかったのは 化粧です 顔色が悪かったので 化粧をしていました そうでしょう 黒や青色や 赤色を塗ってました 嘘だと思いました それでその僧侶が 三回目に尋ねたとき 私は黙ったままでした 僧侶は三回 尋ねたのです 一回目は 「できますか」 そしてこのように バンと叩きました 私はドキッとしました 再びバンと叩きました 誰もがそのように 三回答えました 分りますか そして戒律が正式に 与えられると みなします 

つまり 決心を意味しています 僧侶が最初に尋ねた時 私は座って 考えていました 分りますね 二度目に  まだ考えていました 三度目は 私は 黙ったままでした 私はすべての 要件を満たしていない 十分ではないと思って いたから戒律を授かる 勇気がなかったのです 幸いにも 高潔な尼僧が 私に話しました 去る前に尋ねました 「戒律を受けられない ならどうなるのですか 多くの戒律を受け入れられないのなら」と 高潔な尼僧はこう 答えました「自分が 受け入れられるどんな 戒律にもはいと言い 受け入れられないなら ただ黙るのです」 それで私は簡単と思い 中に入って静かにして いました 構いません  その結果 私は二つに 沈黙し続けました 五つの戒律を授かる ことになった仏教徒が 二つの戒律の五つの内 二つに沈黙しました

では残りは幾つですか きっと他のも同様に 黙ったでしょうね なぜわざわざ厄介な ことに直面するのです なぜですか マスターは私にそう しろと強いったのです 尊い尼僧は 私がすでに菜食であり 法(真の教え)の仕事で 僧侶と尼僧を 大変助けたので 私が戒律を 受け入れなかったら 尼僧は面子を 失うからです 面子を失うと言われ たのです 分りますか 通常 私達オゥラック (ベトナム)人はそんな 特質ですよね 誰もがそうです オゥラック(ベトナム) 人に限らず 何でも 形式的なことが 好きです それで尼僧は尋ねます 「戒律は 受け入れたのですか 帰依しに行ったの」

そうですね 行く所は 何処もいつも尋ねます 「帰依しに行ったの どのマスターに 帰依を求めたの」 私達が帰依を しなかったと言えば どんなマスターも 得ていないことで 私達を 仏教徒ではないと 半分仏教徒 半端な 仏教徒と見ます それで「戒律を 授かりに行く」のです 私は沢山は 授かれないと すでに知っていました 私は冷静と言いました でもそう言っただけで 沢山授かれないと 知っていました まだ飲酒をしてました その頃 私は菜食でしたが お酒を飲んでもいいと 思っていたのです

菜食をして ワインを飲んで 殺生に係わってない そうですね飲んでも 酔うまで飲んだ訳では なく 私は当時まだ 結婚していたからです 夫は医師で 友人が沢山いました そして時々友人を 夕食に招いたり 私達が招かれたりで 私達がほんの少しも ビールなどを 飲まなかったら 私は お酒が好きではなく 飲むのは嫌いです でも彼らが 少し注ぐので 私達が飲まなかったら 彼らは・・・ 習慣はそんな感じ ですね 

分りますか 西洋人や 霊修行者でない人は それが普通と思います 「少し飲んでもOKさ」 私は決して酔わず ほんの少し飲みました でも私が飲まないと 言ったら 私が家にいる時 何が起きますか 夫が私に飲ませるのを 恐れたり 乾杯が終わらないのを 恐れたり 飲むのを 止められないのを 恐れました その結果私は二つの 戒律に黙りました その時 私は 「戒律」の意味を 分っていませんでした 私は菜食は 良いと思っていました 私達が酒を 飲まなければ 良いと思っていました

または私達が 化粧をしない等のみが 真の修行者だと 思っていました 「私はまだ化粧を しているから  真の修行者じゃない」 ですが今思うと 少し違います 少し違うと思います 仏陀の最初の教え みたいに 何でしたか 殺生をしない そうですね でも私達が正確に サンスクリット語を 訳せばそれは 「非暴力」です 「非暴力」とは 暴力を 物理的な 力を使わないことです それで私達は非暴力は 誰かが私達を叩けば 私達はただ座り 受けるだけで みな血だらけになり 顔は強打されます ただ座るだけです

けれども法に 従っていません 法は人を守るためで 人が法を守るためでは ありません 例えば 暴力を 振るわないと言います でも誰かがやって来て わが子を叩いたり 所有物を奪ったり 妻や子を強要すれば 私達は黙って いられませんね 守るためにはあらゆる 力を使うべきです または溺れた人を 助ける時に 叩いて気絶させないと いけませんね 分りますか 叩いて気絶させないと その人は私達を 窒息させて死にます 溺れた人は 本当に生きたいので 誰かが来るのを見たら 私達にしがみつきます しがみついたら くっついてきて 私達は泳げません 泳げなくなって 両方が溺れます だから私達は後ろから ここを叩いて 気絶させるため 一打します その場合「暴力行使」 ではありません

最初の戒律はただ 憎しみや復讐の感情を 抱いてはならないと 知らせているのです それには私達は 異議はありません 私は少しだけ 理解しました 過去に 私は 戦わないなら 暴力を使わないなら 誰かが私達を叩くなら 座って撲殺されると 思っていました ですが まったく 暴力を振るわない 天の衆生や聖人が います 叩かれても ただ座り 仏陀 釈迦牟尼仏陀のように 死んでも構いません または観音菩薩が 何度も地球に 現れたとき 多くの 不正に苦しみましたが 抗議しませんでした

イエスキリストも 抗議しませんでした 私達が抗議しようが しまいが 悪いカルマ (報い)は残っています 私達がこの世に 生きていて  いつも沢山善行をし 天や仏陀を 敬っても 苦しみがあり 転生 しなくてはいけません それで私達が 転生を避けたいのなら 私達は少し 高い方法をすべきで 仏陀と天と一体になる ということを すべきだと いうことです 仏陀と一体になるとは どういう意味でしょう 例えば 私達は仏陀や天と 繋がりますね どうやって 繋がるのでしょう 例えば 仏教経典ではこうです

「崇拝者と 崇拝される者は もともと 空であり静である 法(真の教え)と その応答は 想像し難い方法で 結びついている 宝庫の金剛座は インドラの真珠 十方の仏陀は その内に現れる 私の身体はすべての 仏陀の前に現れる その足元に礼をし 私は崇拝の中 わが人生に戻る」 仏陀と天と共に 私達がこの 「私の身体がすべての 仏陀の前に現れる」 境地のとき こう言えます その足元に礼をし 私は崇拝の中   わが人生に戻る つまり仏陀を明確に 見るということで その時に私達は 仏陀に敬意を払います

でもしばしば 私達は仏陀を明確に 見たことがないので 私達が 仏陀の功徳と 天を思い出すよう 木製の仏陀や 青銅の仏陀に 敬意を払います 仏陀が修行していた頃 教理の類や 仏陀の修行法を 思い出せば 私達は仏陀になれます それも構いません ダメではありません 時々 私は弟子に言います 私の弟子に教えました 木製の仏陀を 崇拝してはいけないと でも私は数人に 言っただけです すべての人に 適応していません 寺に行って仏陀を 拝みに行くのを反対 する訳ではありません 違います 違います

仏陀を崇拝するのは 寺によく行くのは 大変良いです でもある人たちには 頭脳がこの「仏像」に 非常に執着しています 分りますか だから私は言いました 「これらの仏陀を 拝むことにまったく 福徳はありません」 なぜならこの特定の人達の一団は 私が言わなかったら 自分達の先入観を 乗り越えることが できないからです 分りますか 彼らは仏陀とは 木像や銅像だと 思っています これは間違った 概念ですね 正常で知的な人には これを 受け入れられません

ですが  「それは仏陀だ」と 受け入れて 何でも持ってきて お供えしてその仏陀を 見つめる人々がいます 私達は仏陀の功徳を たたえ 自分自身に 霊修行を 思い出させるため 仏像にお辞儀をします そこに座っている 木製の仏陀に 執着してはいけません そうなら 各寺に 多くの仏陀があるので この世は 仏陀だらけです そして私達は 浄土を探しに行く 必要はありません 木製のを買って来たら それで十分です 私達が誰かが 菩薩や 仏陀 あるいは天の衆生に なったと聞けば その人達だけが 達せられると思ったり 釈迦牟尼仏だけ あるいは観音菩薩だけ しかいないと 考えます

そうではありません 法華経を思い出せば こう説いています 「どの時代も 多くの仏陀と菩薩が 真の法を守るために 現れる」 いわゆる 「トゥンディアズン スゥアット」 「地球から湧き出る 者」の観音菩薩は 真実が広く伝播されて 失われないように 守ります 地球から上がって来る その菩薩たちとは 誰でしょう 私達以外他にいません 私達の体は地球のもの そうですね 私達は地球から 生まれました 空から 落ちてきていません つまり 地上の境界に 生きることは そんなことです それが意義です

それで私達は 地球から出て来る 菩薩であると 明白に知ることが できるある種の方法を 見つけねばなりません あるいは少なくても 一緒に学べる 地球から出て来た 菩薩がいるかどうか 確かめねばなりません 仏陀はそれを明白に 言いました 私達は ただ木製の仏陀を 拝むことに時間を 費やせますか そうですね 仏陀があらゆる時代に 現れると約束した 生ける菩薩を探す 絶望をなぜ 抱かないのでしょう その菩薩たちは ガンジス川の 砂のようです 「ハンハサソ」とは ガンジス川の砂と 同じ量のようです

私がインドに行った時 ガンジス川が大きくて 非常に長いことに 気付きました ですからその砂の数を 全部数えれば  どれほど長いかが 分ります 見に行かないなら どんなに無駄か それで仏陀はすでに 大変明白に言ってます ですが いったん それを見つければ 仏陀の言葉の 意味を理解します 仏陀の意味することは あらゆる時代に 常に菩薩になる 感覚ある衆生が いるということです あらゆる時代に  常に仏性があります 仏性は決して 消えません 私達には千分の1秒 必要なだけで 何か秘密の方法を開き 私達が即座に本当の 自分を知るのです
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