智慧の言葉
 
国際人権会議 1/5 一九九四年五月二五日フォルモサ(台湾)台北(中国語)   
Download    

ようこそ 人権と オゥラック(ベトナム) 難民についての会議に 会議はまもなく 始まります 国際人権会議が始まります ご来場の皆様 ご起立願います

三民主義は われらの指針 これで民国を建設し 世界平和へ進む あなた方多くの人々は 民のための模範となり 朝から夜まで怠けず 三民主義に従おう 勤勉で 勇敢であれ 必ず信じ 忠実であれ 心と美徳を一つにして 三民主義を貫徹しよう

ご着席下さい 司会者あいさつ 司会者あいさつ バーバラフィンチ氏を お迎えしましょう 国際人権連盟の 国際人民連盟の 理事長であり アイオワ州の 州務大臣であり 会議の主催者から ご挨拶頂きましょう 国際人権連盟は 米国の七州の 州知事と 州務大臣によって 結成されました 現在の名誉ある議長は Tブランドスタッド氏 アイオワ州の 州知事です バーバラリンチ氏を お迎えしましょう 有難うございます 氏は五月二一日に フォルモサ(台湾)に 到着しました 大変意欲的に フォルモサ(台湾)に 全世界に平和を推進 したいと願っています また 世界文化交流協会の 世界文化交流協会の 書記長 陳洪鋼氏も お迎えしましょう 月曜日に マスターは皆さんに 聖書の引用を使って 話しました  神は民に言いました 「私は他人だから 招かれませんでした 洋服が必要でしたが くれませんでした 刑務所で病気でしたが 私の世話をして くれませんでした」 人々も答えました 「主よ 私達が  空腹とか喉が渇いたり 他人や洋服が 必要な人や病気や 刑務所などを見たとき 助けなかったですか」 神は答えました 「本当の事を言います 少なくても その中の一人に 何もしないとしたら 私のためにはしない」 愛深い心で交流すれば 愛深い心で交流すれば 簡単に解決できる 問題が 沢山あります そうすることで私達は 事実に気づきます 世界市民の中に まだ到達していない 世界平和や調和が あることを それは例えば 政治機構 経済的信頼 宗教的な先入観 文化の違いといった 理由のためです 皆さんご存じのように 今日の 人類間の不調和は 多くの要因に 起因しています 政治的観点 経済競争 宗教的な偏見 文化の違いです さらに自己利益と 観点は世界のどこかの 戦争の 原因になっています 戦争からの憎悪は 世界に敵対意識を 拡大させ多くの悲劇の 原因となります 第二次世界大戦以来 難民の数は 増え続けています

残念ながら 世界で現在進行中の 戦争が原因で壊れた 家族の数は 大量に増加しました 特に 第二次世界大戦後 難民の数は 三千万人にも 達しました

戦争からの憎悪は 世界に 敵対意識をもたらし 悲劇の原因になります 第二次世界大戦以降 難民の数は三千万人 以上になりました 彼らは破壊的な戦争の 被害者であり  民主主義と自由という 人類の基本的理想を 絶えず追求しています

戦争の被害者として 自由な人生と 人間としての尊厳を 追求し続けています 私達は同じ源から 来た者として 忘れてはいけません 愛でこの世を体験し 共通の理念として 愛を使えば この世界の全ての 問題を解決するのは より簡単になり そして 戦争や天災が なくなることを 世界の他の地域が その勇敢さを 称賛している間に 少しでも家のない 救放浪者を救うことが できるのです 民主主義国家の 幾つかは彼らを見捨て 彼らの身体と魂を 犠牲にするよう強制し 彼らに残酷で 冷酷な生活状況下で 難民キャンプで 暮らさせています 彼らの状況は 第二次世界大戦の間 ユダヤ人がナチスに よって扱われた方法を 思い出させます 私達の目標は 戦争 暴力や 抑圧をなくすことです 本日の会議の目的は 国際人権連盟を 知らしめ 世界中の 難民問題を 解決することです 難民のいない世界に ご招待いただき そしてこの問題について話させて下さり ありがとうございます 私達は今日 この 会議を主催することを 光栄に思います 二人の偉大な 指導者がフォルモサ (台湾)にいます

一人は 李登輝総統 国のために国連の 加盟国になるために 努力された方です もう一人は世界的な 霊性指導者スプリーム マスターチンハイです 李総統は この国際人権会議に 大いに 注意を払っています 私達の日程は 彼の国会の会議や その他の重要な 注意を払う必要のある 出来事が競合したので 別の適当な時刻に 国内と国際的な両方の 組織から 私達の代表を 迎えて下さるでしょう 氏は 私達の非常に 尊敬されて 最愛の スプリームマスター チンハイに彼の賞を 提供します 私達は これらの 発展に関して 報告する機会を頂き 光栄に思います ありがとうございます それでは貴賓を ご紹介いたします ありがとうございます それでは ここで貴賓をご紹介いたします カナダからスティーブン ジェームズグッデン氏 CKSL1410 AMラジオの編集者でシーン誌コラムニスト SJグッデン氏 CKSL1410 AMラジオの編集者で シーン誌コラムニスト CKSL1410 ラジオは主にニュース スポーツをカナダの ロンドン地域で放送 フランスから Vドュポン氏は フィガロニュース記者 フランスから Vドュポン氏は フィガロニュース記者 人道的活動の 支援者としても 知られています 再びフランスからです NOW&HERE 放送局の書記長の ジャンクロード カルトン氏です ジャンクロード カルトン氏は フランスのNOW& HERE放送局の書記 宗教と霊的な プログラムの専門局で 人間の間に 互助と愛を 促進することに 焦点を当てています 再びフランスからです レトルンカン氏 難民保護委員会の 元委員長 フランスからです レトルンカン氏 難民保護委員会の 元委員長です この委員会は オウラック(ベトナム) 難民に関する方針を 国連高等弁務官に 話を持ちかけています 韓国からです ソンチャンム氏 内在世界雑誌の 社長で発行人の 孫思武氏 韓国の 内在世界雑誌の社長で 発行人です この雑誌は政治問題と 様々なニュース報道に 焦点を合わせています インドネシアからです リンダンヘラワタ氏 ジャワポスト紙の 軍事記者 インドネシアからです リンダンヘラワタ氏 東ジャワで最大の新聞 ジャワポスト紙の 軍事記者です インドネシアから スプリンハディ氏 ハリアンスルヤの 外国人記者及び編集長 そして インドネシア スルバヤの バスキベルマート氏 インドネシア REPISETBの 撮影者ベニークリス氏 スプリンハディ氏は 東インドネシアで 売り上げ ナンバーワンの ハリアンスルヤ新聞の 外国人記者で編集長 再びインドネシアから モグサナデク氏 ソーラーペムバルンの 記者 モグサナデク氏 ジャカルタで 二番目に大きい インドネシア夕刊紙 ソーラーペムバルンの 記者です

再びインドネシアから FAプラセトヨ氏 インドネシアのテレビ PTラジャリシタラ (RCTI)の記者 及び監督 インドネシアからです FAプラセトヨ氏 RCTIテレビ局の 記者及び放送監督 カメラマンのゴロダ氏 RCTIは インドネシアで唯一の 個人テレビ局で国内で 高い影響力があります フィリピンからです ジョーラドサントス氏 フィリピン記者雑誌の 編集長です ジョーラドサントス氏 フィリピン記者雑誌の 編集長です この雑誌は国内外の 被害者に対する公正な報道や 支援及び同情で 知られています 再びフィリピンから アジア青年自由連盟 フィリピンセンターの レネイGサントス医師 奥様エイミーサントス フィリピンからです レネイGサントス医師 アジア青年自由連盟 (フィリピン支部)の 委員長及び奥様の エイミーサントス この組織は ピナツボ火山 噴火による被災者に 大いなる援助を 提供しました そして オゥラック (ベトナム)難民に かなりの支援と 同情を示しました アメリカ カリフォルニアから ハイネイ同郷会の会長 ホキ氏 アメリカ カリフォルニア ハイネイ同郷会の会長 ホキ氏 過去三年間 この組織は 様々な方法で 香港にいる無数のオゥラック(ベトナム) 難民を救いました アメリカ ニューヨークからです  国連のパスフナス氏 ニューヨーク国連の パスフナス氏 オレゴンから グローバル教育大学と 国際平和放送局の リチャード シュナイダー先生 リチャード シュナイダー先生 アメリカオレゴンの 国際平和放送局局長 グローバル教育大学 学部長 同伴の写真家 レイモンドダックス氏 国際平和放送局 世界中六〇カ国以上の 聴衆に届きます その目的は平和と 社会正義を促進して 環境とエコロジーを 保護して文化交流を 広げることです

アリゾナから 牧師のジムプロパ氏 ルター教会社会部の 副社長及び ジョンナビーン氏も ルター教会社会部 からです ジムプロパさん及び ジョンナビーンさん アリゾナのルター 教会社会部の 副社長及び職員です アリゾナから メアリホッピンさん 時代メディア新聞の 流通ディレクターです メアリホッピンさん アリゾナ州月間新聞 「時代」の発行 ディレクターです テキサス ヒューストン コミュニティー大学 難民受け入れ計画 専門家 ヴュトゥ氏 ヴュチョントゥ氏 ヒューストン コミュニティー大学 難民計画のための 受け入れ専門家で 難民が仕事を見つけ 教育を受ける援助の ために働いています オーストラリア シドニーから サンヘラルド紙記者の カンダスサットン氏 カンダス氏は豪州 シドニー サンヘラルド紙の 記者です オーストラリアから デイビットジャン氏 朝日(チュウデゥン) ニュースの 発行者です デイビットジャン氏 オーストラリア 朝日ニュースの 発行者です アメリカ合衆国 国際赤十字社から キングボー氏 張進國氏が いらしてます 米国の国際赤十字社 張進國氏 ハワイからは 中華新報代表の 廖チコン氏が いらっしゃいます 廖チコン氏は ハワイの 中華新報代表です またアメリカからは ベトナム華僑報新聞の 代表 鄺少真氏が いらしております 鄺少真氏は 米国の ベトナム華僑報新聞の 記者です 米国からは 中興報紙代表の 陳樹權氏 陳樹權氏は 米国中興紙の 報道記者です

カリフォルニアから 明日誌の編集長 ヴュコイ氏 カリフォルニアから 明日誌の編集長 ヴュコイ氏 フィリピンからは マニラ雑誌記者 また国外新聞の 編集者 アルフレード ガボット氏です アルフレード ガボット氏は フィリピンのマニラ 雑誌の記者であり 国外新聞の編集長です アーナンダ マーガグループからは 修行者ビギナナが来た ことを喜んでいます 蕭明華さん 米国全国共和党 アジア支部の 共同議長です 世界連盟から 自由と 民主主義のために リュウTT氏 国内会議議長の林正杰氏 議会の会長 張福興氏 こちらの紳士お二人が オウラック(ベトナム) 難民に多大な 支援を 与えました 彼らに大きな 拍手を送りましょう 司法院 事務次長 林国賢先生 雲林県立法府の議員 林瑞郷先生 高雄立法府の議員 高雄立法府の議員 林壽山氏 米国フロリダ州 台北事務局 立法府指導官の リチャードチェン夫妻 国際救命の議長 フォルモサ (台湾)の 容滋浩先生 花蓮県議会 顧問官の 陳俊華議員 大明新聞社 取締役の 劉佩勳先生 中華民国 関税総局 資料処理 署長の 王凌九先生 カルロス ジェームズさん セントビンセント 副局長の内部の税務課 スワジランド 内地の税務課 副総局長アルペイオ ティームドルリ先生 全国老人協会総長の 洪文慶氏 日本 読売新聞社 特別リポーターの 佐伯聡士氏 こちらには まだ異なった 多くの職種代表の 方達が出席しています 一流地方テレビ局 新聞社  雑誌社 および放送局 来賓の方々みなさまを 私達は ご紹介できないことを 申し訳なく思います 私達は心から皆さまに 敬意を申し上げ またご多幸を お祈りいたします この会議への 関心を持っていただき ありがとうございます

物事に対処するのに 愛を用いるのを忘れ それは問題と負担の 要因になっています 現在 我々の智慧と 思いやりを利用して 深刻な難民問題を解決すべきです 難民に救援支援を するのは 世界中の全ての人の 責任です 我々がこの責任を 無視するなら 更に複雑な状態を 招く恐れがあり 従って自身にとって 更に悪い問題をも 起こすかもしれません 我々はこの問題に 直面して神の意思を 考えるべきです 難民は兄弟です 兄弟姉妹が 困窮しない 世界の市民として 個々を扱いましょう 共通の 信用された文明を築き 宇宙の新たな時代に 前進しましょう

私達は正義とは何かを 忘れていますし 一つの家族から 神の家から来たことを 忘れています それに私達は 兄弟姉妹を 忘れています 私達が愛深い心で 交流すれば 簡単に解決できる 問題が多くあります 問題が多くあります 戦争もないかも しれません 災害や紛争 不要な問題などもです でも最も重要な問題は 難民問題解決に 私達の智慧や 思いやりをどう利用するかです

だからこそ私達は 人権宣言を 提案します 今日 国際メディアの 証人の下 私達は 私達の難民支援を 示すために 世界中から集いました  私達は 彼らと自分達の 個人的背景との 接触法を説明します 私達は皆 若者ですら 世界中の人々の 苦しみを懸念してると 知っています

難民がいる限り 救援を提供するのは 世界の責任です この責任への 私達の無視は より複雑さを 招きかねず その上 私達の問題悪化する 引き金になるでしょう 彼らは私達の兄弟だと いう神の観点から これを注視すべきです 私達の誰もが 皆が調和して生きる 宇宙の市民で いましょう そのため  本会議の目的は 神と世界中の マスコミの証人の下 世界人権宣言を 取り戻すことです 私達は 戦争も難民もないよう 慈悲を与えるよう 神に祈ります

立法委員 謝啟大さん 立法委員 謝啟大さん 国大代表  林熺厚氏 国大代表  蘇芳章氏 国大代表  林鴻池氏 高屏立委員 華加志氏 外交部国際組織司 科長李澄然氏 栄電公司 市場推広部所長 翁雁翔氏 経済部顧問 高呈毅氏 経済部秘書 林美珍さん 教育部国際文教所 余玉照所長 台北市交通局 柯思賢氏 台湾省政府社会所 胡木蘭股長 馬公市長 楊国夫氏 中国婦女民主党主席 呉思慧さん 中国婦女民主党 中央党部副所長 陳発輝氏 民航局秘書 岳金氏 曾任総統府機要秘書 湯和霖氏 世界文化交流協会 林国修氏と 黄羅彬氏 呉泉生氏 中華民国 阿拉伯文化経済協会 秘書長丁慰慈氏 世界自由民主連盟 総会長 総統府資政 趙自斉氏 世界自由民主聯盟 中華総会顧問 劉志同氏 亜州太平洋 自由民主連盟秘書所 曹康甫氏 有機農法への助成金 ビーガン製品への 助成金
次は 韓国の「世界の中」 という雑誌社の 孫思武社長に ご挨拶を頂きます 孫思武氏は 一九九三年に 国際人権賞を 受賞されました 世界でたった三人しか 受賞していません 一人は南アフリカの マンデラ大統領 二人目は何度も ノーベル平和賞の 候補になった金大中氏 そして三人目が 孫思武氏です では孫思武氏に 挨拶をお願います

では孫思武氏を お迎えしましょう この会に ご出席下さった 国際人権連盟の バーバラ氏 マスターチンハイ 世界各国の ジャーナリストの皆様 そしてスプリーム マスターチンハイの 思想を学んでる皆様と そのご家族 ようこそ 起こし下さいました お招き頂き 大変光栄に存じます 私をお招き 下さったのは たぶん私が 国際人権賞を 受賞したからで また韓国人 ジャーナリストで また記者として ベトナム戦争を 取材したからでしょう 今日はフォルモサ (台湾)とオゥラック (ベトナム)両国が 祝福される日です ベトナム戦争後 今 世界中に 多くのオゥラック (ベトナム)難民が 発生しました けれども 聖人のような女性  スプリームマスター チンハイが 彼らを指導し 彼らを正しい道に 導いてくれていると いうこと またフォルモサ (台湾)に本部を おいて活動してる事を 考える時 両国は大変 祝福されてるようです 私達は 旧ソ連が崩壊し 冷戦が終わると 世界は平和になると 思っていましたが 世界には 今でも戦争が多く 多くの人が亡くなり オゥラック (ベトナム)難民の ように不幸な人たちが 沢山がいます それは人間が 私達の内面に 備わっている 神の言葉 造物主の 言葉によって まだ目覚めていない ことを示します こうした中で 世界中で真理と 神の善意を広め 人々に真理を 目覚めさせて下さった スプリーム マスターチンハイに どうぞ 大きな拍手を 送りましょう

ベトナム戦争中 私は従軍記者として 多くの惨状を 見てきました 戦争に加わった ものとして 私は 韓国政府がこれまで オゥラック (ベトナム)難民に 対する支援が 不十分だったことを 心から お詫び申しあげます しかし 本日ここに 二百人を超える 韓国の女性代表と 指導者が来ていて  彼女達は今 使命を担っています 使命とは韓国に戻って 我々の政府と国民に この情報を流すことで アジア各国に 散らばっている 不運なオゥラック (ベトナム)難民の 支援活動に 積極的に参加して 頂くことであります またここ集まっている 五千人を超える 家族の皆様 特にスプリーム マスターチンハイの 家族の皆様が 貴国に戻って それぞれが住んでいる 国に戻ってから 政府と議会に そして宗教団体と メディアに マスターチンハイの 崇高な理念を伝えると 同時に今アジアの 国々で苦しんでいる オゥラック (ベトナム)難民に 愛と救援の手を 差し伸べるための 活動を展開して 頂きたいと思います このような活動を 展開することは マスターチンハイの 崇高な理念を 広めることであり  彼女について学ぶ者 としてあなたの誠意を 伝えることでも あります 政府に 政治家に 財界に あなたの考えを 手紙で伝えて下さい

皆様 皆様がそれぞれの 国に戻ってから どうかイギリス政府と 香港当局に 積極的に声を発し フォルモサ(台湾) 政府と オゥラック (ベトナム)政府 それから近い将来 香港を帰還する 中国政府に 抗議の手紙を 出してください 人間の価値を 取り戻し 人間としての尊厳を 皆が共に共有し 皆が共に共有し 神が与えてくれた 人間の価値と 真理を永遠に保ち 彼らの生活が よくなるように 彼らが快適な環境で 人生の目的を 果たせるように共に 努力して参りましょう 有難うございました 国際的な人権活動家でもあります孫氏の マスターチンハイに 対する 尊敬の念とお言葉に 感謝いたします では授賞式を 行いたいと思います バーバラ 国際人権連盟主席と 陳洪鋼世界文化 交流協会 執行委員長より スプリームマスター チンハイに 世界人道主義 指導者賞を 授与します そしてマスターの 人道的貢献に 尊意を表して チンハイマスターを 国際人権連盟の 名誉顧問に 任命します スプリームマスターを 敬意をこめて ステージにお招きし 章を授与します これが世界人道主義 指導者賞の 盾です 本日 国際人権組織から スプリームマスター チンハイに この国際人権賞を 授賞することは 深い意義を 持っています これは国際的人権と 世界中の難民に対する 深い懸念を 表すものです 国際人権連盟は あなたのような偉大な 神の智慧と豊かな 指導経験が必要です 従って高潔な あなたを我々の 名誉顧問兼 連盟の名誉議長に 任命します バーバラフィンチ 陳洪鋼 これが 国際人権連盟の 名誉顧問の賞状です 国際人権連盟と 世界文化交流協会 この二つの アメリカの 国際的組織が 私達の偉大な マスターチンハイに 世界人権賞を 授賞したことは 大きな意義を 持っています 二つの組織が 十二年ぶりに授与する 十二年ぶりに授与する 世界人権指導者賞 だからです この賞は アイオワ州が発起して イリノイ州や ミズーリ州 ウィスコンシン州 ミネソタ州カンザス州 ハワイのホノルル市の 賛同を得て 与える賞です  七人の州知事と ホノルル市長が この盛大な授賞式に 出席する予定でしたが 諸般の事情により 出席できませんでした

そこでフィンチ氏と アイオワ州長官と 世界文化交流協会の 幹事長である私が 代表で ここで授与することに なりました この度は二人の 世界で 最も慈悲深い方に 敬意を表します 一人はスプリーム マスターチンハイで 彼女のオゥラック (ベトナム) 難民に対する 多大な支援活動と アメリカ西部の 六つの州の水害救援 ロスの火災救援 カリフォールニァ州の ホームレス救済  ハワイハンセン病患者 フランスの水害などに 対する多大な救援と 貢献は世界平和指導者 また世界精神指導者の 中でも稀で彼女の 偉大さを物語ります 我々フォルモサ (台湾)の 李登輝大統領にも 世界指導者賞を 授与いたします 世界人権賞は スプリームマスター チンハイだけが それを受賞する 資格を持っています 私は偉大な 世界人権賞受賞者の 前に立っています 私達がオゥラック (ベトナム)難民を 救援すると いうことは 何と偉大な ことでしょう なんと素敵な 今宵でしょう

スプリームマスター チンハイの愛と 世界指導者賞と 世界人権賞は 全世界的なものです 全世界的なものです 次は 国際平和ラジオ局と グローバル 教育大学学長より スプリームマスター チンハイに 世界人道主義 指導者賞を 授賞します マスターチンハイは 世界に博愛の精神と平和の精神を 広めてきただけでなく 長い間 タイ オゥラック (ベトナム)と 中国大陸 フィリピン フランス ベルギー ポーランド フォルモサ(台湾)の 被災民に対し絶大な 物質的人的貢献を してきました フォルモサ (台湾)での十年間 彼女の弟子達はいつも 貧しい人々を訪ねた だけなく 彼女自身も 刑務所を訪れて 受刑者たちの心を 慰めたりしました 彼女のフォルモサ (台湾)の弟子たちも 社会奉仕活動に 幅広く参加しています 幅広く参加しています 天地に思いやりあり 世界に愛ありという シリーズ活動を行い ホームレスを助けたり 環境を清潔にしたり ゴミ収集車の購入 資金を提供しました 去年アメリカ 西部の水害と ロスの火災の時も スプリームマスター チンハイは 世界各地の瞑想 センターを動員して ボランティアを 被災地に派遣して 救援活動を行いました 彼女はまた 百万ドルを拠出して アメリカのハンセン病 患者や退役軍人や 癌とエイズ研究に 寄付しています ではリチャード シュナイダー氏より マスターチンハイに 世界人道主義 指導者賞を授与します

神はその慈悲と 憐みにおいて 時々 慈悲を人格化するため 悟りを開いた人を 地球に送ります 今夜 そのような方を 光栄にもお迎えします 二百万人の聴取者を 有する 平和のための国際放送  及び 世界教育大学が 全世界にわたる 利他的な真の仕事に おける人道主義的な 努力の巨大さ 行動時の考え  感覚と魂の人格化を 認識することができて とても誇りに思い 喜びと光栄の至りです この途方もない努力と この国と状況を問わず 全ての人間に対する 慈悲と思い遣りの とてつもない 論証に対して 我々の最高な賞 世界人道主義 指導者賞を 誇りを 持ってスプリーム マスターチンハイに 授与いたします 次はフィリピンの レネサントスアジア 青年自由連盟主席と ご夫人のエイミー サントス女史より スプリームマスター チンハイに 人道主義模範賞を 授与します

こんばんは スプリームマスター チンハイと ご来賓も皆様 海外の友人の皆様 私は フィリピン国民と アジア太平洋 青年自由連盟及び ロータリークラブの ビアクナバトウ シランガン氏 国際ロータリー地区 3780クウェゾン市 フィリピンを代表し スプリームマスター チンハイが世界中の 数えきれない難民を 助ける人道的な関心と 努力―フィリピンの パラワンセンターと バタンセンターの皆様 そして  ピナトゥボ山 火山噴火の 被災者に対する 限りない寄付を評価し 一九九四年 五月二十三日付 重役会に承認された この表彰額を謹んで 贈呈させて頂きます これらは一九九四年 三月二十五日 フォルモサ(台湾) 台北市で開催される 国際人権会議期間中に 贈呈されます 署名 アミュルフィナ アミ G サントス 一九九三~一九九四期 会長ロサリオ ビオログトブキ書記官 真摯な心を込め レイナルド レン G サントス チャーター会長 一九九三~一九九四年 我々のモットーです 「やることを信じて 信じることをやろう」 国際人権連盟の バーバラフィンチ 氏よりスプリーム マスターチンハイに 絵画を贈呈します

尊敬するスプリーム マスターチンハイ アイオワ州はあなたを 愛していると言いたい アイオワ州を代表して あなたに 絵画を贈呈します ありがとうございます アイオワ州政府を 代表して バーバラフィンチ氏が スプリームマスター チンハイに絵画を贈呈それでは温かく スプリームマスター チンハイに挨拶を お願いしましょう バーバラさん 陳さん そしてはるばる 遠い所から来て頂いた ゲストの皆様 ありがとうございます 例えばアメリカカナダ  フランス 韓国 アフリカ 日本 インドネシア シンガポール マレーシア タイなど スイスからも バーバラさん 陳洪鋼さん  ありがとうございます そしてはるばる 遠いフランスや イギリス アメリカ 韓国 シンガポール タイ インドネシアから 来て頂いた皆様 有難うございました フォルモサ(台湾) からのご来賓も皆様 有難うございました 皆様の寛大さと 気高い愛に 感謝申し上げます 私達の世界は 皆様がいるから 素晴らしいと思います 私は受賞される度に 自分は値しないと 感じます 私一個人の 名誉で世界の苦痛を 交換できないからです 私の死が苦しんでいる 人達のためになると したら私は今すぐ 死ぬことができます

私たちは彼らのために 生きていき 共に助ける方法を 考えていきたいです 私たちは 今週は世界平和と 苦難に喘ぐ人々 例えばルワンダ  ボスニアの人々 またオゥラック (ベトナム)難民の ために瞑想して 祈りを捧げました また各国の 難民のために 資材と物質的な支援を 行いました 他の国の 難民問題はすぐに 解決されました 彼らは新しく発生した 難民だからです ただオゥラック (ベトナム)難民 だけが二十年近くも 未解決のまま 残っていて 国際社会が 懸念しています 国連さえ難民 問題の解決策が 見つかりません だから私達は 世界の指導者達を 訪ねて難民問題の 解決策について 提案してきたのです 例えば難民を 受け入れる国に対して 我々の全ての財産を 寄付するとか 毎月 数十万ドルを 彼らが自立するまで 提供すると 提案してきました 私たちは世界各国に 哀れみを請うわけでは ありません 全ての国は慈悲心が あると信じています どの国も苦しい 時があり または 戦乱や災害で苦しむ ことがあり得ます ほとんどの国が多少なりとも 難民状態を経験し 数十年前 中国の戦乱で数万人の 中国人が平和だった オゥラック (ベトナム)に 移住してきました オゥラック (ベトナム)は 門戸を開いて受け入れ 首都サイゴンのそばの 広大な土地を 彼らに提供しました 難民達はその土地を 開発して 繁盛する チャイナタウンを 作ったのです 

一部の香港人は その難民の子孫です 中国人がオゥラック (ベトナム)に 逃れた時 彼らに 土地と公民権を 与えました オゥラック (ベトナム)に 帰化してもよく  華僑の身分でいても よかったのです  自由に商売を始め 仕事をし 学校に通い 家を建てても  よかったわけです 彼らによる 商業の盛り場は 今も大市場と呼んで います 中国人は 商売上手です 彼らはそこに 着いてから 商売を始めました 大変繁盛しました オゥラック (ベトナム)人は 彼らを歓迎しました 中国人は素晴らしい 技術を持っているので 立派なホテルを オープンさせ サービスも一流です 私達は中国人を歓迎し 尊敬しました 私達は彼らを 三番目の兄さん 三番目の姉さんと 呼びました 華僑とは 呼ばなかったです 私達は彼らを 同胞扱いしたのです 彼らを長兄と 呼ばなかったのは 自国の人を 気にして 三番目の兄さんと 呼んだのです これは彼らに対する 歓待と寛大を 示しています 私は各国が これを見習って 欲しいと思います 私達の国に来た難民を 兄弟や姉妹のように 扱わねばなりません なぜなら私達自身が いつか被災者に なるかもしれない からです 現在まで戦乱による 苦しみや難民として 苦しみを経験してない 国はありません だから 助け合うべきです これを拒否する方が おかしいのです
多くの国が難民を 受け入れない理由は 一旦受け入れると もっと多くの難民が 押し寄せてきて 収拾がつかないことを 懸念したからです 私の答えは 中国からの難民を オゥラック(ベトナム) に受け入れた時 中国大陸の人全員が ついて来たわけでは ありません そうですか 違います 良い理由がない限り 誰も生まれ故郷を 離れたくは ないのです 生活が安定していれば 誰も故郷を 離れません たとえ別の国に 行くとしても それは彼らの福報と 神の手配に よるものです オゥラック (ベトナム)が当時 数十万人或いは 数百万人の中国難民を 受け入れたからといえ 全ての中国人と フォルモサ(台湾)人が オゥラック (ベトナム)へ行って 商売したのはないです 今 オゥラック (ベトナム)難民は ほんの数万人に すぎません フォルモサ(台湾)は 簡単に収容できます 私達は政府から 財政的とか その他の支援を 求めてはいません 彼らの事を心配する 必要もありません 私達が喜んで 困っている人達を 助ける光栄を 分かち合いたいのです 彼らは私達と同じです なぜこの問題が緊迫 してきたかというと 彼らを強制送還 しようとしたため 難民達は 絶望のあまり 自殺者が 出てきたのです ここ二、三日で 百人近い難民が 自殺しました このまま続けば 事態はどうなるか わかりません

裕福になると 苦しかった時や 自分もいつか 難民に陥る可能性が あることを忘れます

もうすぐ二十一世紀に なろうとしていますが このような事が 絶えません これが人間の 行為でしょうか オゥラック(ベトナム) 難民だけを心配して いるのではありません 私はこの 世界の良識レベルを 心配しています こんなにも立ち遅れて いているようでは  この世界はどうなるか

私には想像できません 地獄になりますか 互いに殺し合い 財産を奪い合い 動物のようになるのか 動物は縄張りに 侵入してきたものと 戦います 私たち人間も 動物と同じ行動を とるべきでしょうか

香港は 私達が生まれる前から ありました フォルモサ(台湾)も すでに 存在していました フォルモサ神に属するものです 香港も神に属します どんな国も神が 創ったものであって 私達は地球を 暫くの間借りて 住んでいることを 忘れないで下さい しかし多くの人は 忘れているのです 一時的な利益に 目が暗んで 自分の人間性と 良心を忘れています 私達が引き続き攻撃し 殺し合い 富を分かち合うことを 忘れるとしたら この世界は さらに悪くなります 私達人間は動物の 振る舞ったり 地獄に 囚われている鬼などを 扱うように人間を 扱ってはいけません でないと この美しい 世界を簡単に 地獄に導きかねません 人はよく 真似するからです

国連の規定には 「理由なく 誰かを監禁しては いけない」とあります それらの人々は

難民ではなく 犯人として扱われます 一人一人を狭い隅に 閉じ込めています 鶏を籠に 閉じ込めるようにです 皆さん知っていますか このような状況でも オゥラック (ベトナム)難民は とても辛抱強く ずっとおとなしく していました 六年も十年も 彼らは小さなベッドに 三人も四人も 寝ているのです ベッドの上にまた ベッドがあり ベッドの上の 天井は鉄の板で できています 難民キャンプには 樹もなく 水とトイレも 不足しています 子供達は有刺鉄線の 囲いの中で 外の世界を知らずに 成長しています これはすでに基本的 人権への違反です もっとひどいのは 催涙ガスを投げつけ ヘリコプターと 船から 毒ガスを子供達の顔に 散布したことです 視力がまだ回復して いない子供もいます 二カ月過ぎていますが いまだに多くの人は ケガに苦しんでおり はっきり見えません また精神的な トラウマが治らない 可能性もあります オゥラック(ベトナム) から逃れてきた時 いわゆる民主国家で  このような暴力が  起ころうとは想像さえ しませんでした

彼らは攻撃に怯え 彼らは攻撃に怯え 精神異常で 精神病院に送られた 人もいます 何のためですか 彼らはどんな罪を 犯したのでしょう 私達と同じ自由を 求めたからでしょうか 実際香港はオゥラック (ベトナム)を 買い取るほどの 財力を持っています しかし彼らは 難民を退去させる ことを選んだのです 催涙ガスや毒ガスを 使い退去されないよう嘆願している難民を毒したのです その結果 難民は 生きるより死ぬ方が ましだと思ったのです このような事が続くと この世界に 希望はなくなります 数万人の難民が 死ぬことが 問題ではありません  この肉体は 無常だからです 今日あっても 明日はないと いったものです しかし私達の良識は どうでしょうか この世界の邪悪な エネルギーは? 子供はこんな雰囲気の 中で生きるのですか こんな邪悪な雰囲気の 中にいる子供達は もっとひどくなります 大人の真似を するからです

私達が難民に 何をしたかを気にせず 彼らの死は 大したことがない 数万人に過ぎないと 思うなら私達の良心は どうでしょうか 自由と民主の精神は どこにありますか カトリックと仏教の 国としてその精神は どこにあるのですか 寺院に行って 参拝したり お経を唱えたり 仏像を拝んだり 「あなたの隣人を 愛しなさい」と 言いながら 隣人に 何もしないばかりか 催涙ガスを 与えるのですか 宗教を信仰する だけでは足りません 宗教の本質を 実践することです あなたが学んでいる イエスの教えと 仏陀の教えを 実践することです そうすることが 真の宗教信者なのです でないと 沢山の寺院を建てて  大教会を建てながら 人があなたの玄関口に 立って  つらい思いをし  ご飯と安全な避難 場所を懇願しても 知らぬ振りをする人が 神の哀れみを 頂けると思いますか 神の助けを求めた場合 神は助けてくれますか 仏陀は私達の祈りを 聞いてくれますか 今日いくらか 慰めになるのは フォルモサ(台湾)に 多くの善良な人が いることです 思いやりに富んだ 人々がこの世界に まだいることです 私は落ち込んで いましたが 今日 多くの方々を見た時 フォルモサ(台湾)の 政府要人を含めて いろんな所から  また世界各国から 皆が弱く住まいもない 難民たちの支援に 駆けつけてくださって 再び希望が 見えてきました 

私の願いは 私達の世界が 二十一世紀には よくなって欲しいです 人々が互いに愛し合い 守り合って欲しいです 避難民が何人いても 全家族が たった一人の避難民に 扉を開ければ 問題は 解決するでしょう 一定の期間がたてば 避難民は 新しい環境に順応して  彼ら自身の足で立ち  彼ら自身の 生活ができるでしょう それらは一生の 負担にはなりません 加えて神は私達が神の 教えに従えるかどうか 時々テストします 人々を軒先に送り込み 本当に他者への愛を 持っているかどうかを 見るためにです ですからこの機会を どうかやり過さないで オゥラック (ベトナム)の人々は 非常に独立しています そして彼らは 自尊心がとても高く 彼らは自分達の 故国から離れて 他人から食べ物と 愛を求めることを 好みません 彼らの四、五千年の 歴史ではオゥラック (ベトナム)は かつて難民として 自国を逃れたことは ありませんでした 窮迫していたときも 頻繁に戦争が 起きていた間も 難民はいませんでした 中国が千年間 オゥラックを 統治しましたが 逃れました フランスが百年間 統治しましたが これもまた逃れました 幾つかの戦争が 数十年続き そして 洪水や他の災害も 国を襲いましたが 誰も逃げませんでした それで今 なぜ国を 離れようと思いますか なぜ何百万の オゥラック(ベトナム) 人の男性も 女性も 老いも若きも 金持ちも貧者も 政治家も 民間人も 五千年の歴史の後も 自国から 逃れるのでしょうか 考えてみてください それは神が私達に 知って欲しいからです 愛は貴重な宝で自由は 正しい理想であると これらの難民に 背を向けるのは 私達自身の理想を 裏切ることです 難民ではなく私達が 本当に哀れな人に なってしまいます 私達の理想 魂 高貴な道への思いが 重要なのです 物質的な生活ではなく どうもありがとう 次にオゥラック (ベトナム)難民を 特集した映画を 上映します

今日の会議の主要なテーマの 一つでもあります 私達は難民の状況に 関して学ぶ必要があり 彼らを助ける方法を 知ることができます

皆さん このドキュメントは 大変貴重で稀です おそらく研究するのに 時間がかかるでしょう  覚えているでしょうか 日中戦争の間 人々は生きた状態で 殺され 生きたまま ナイフで殺されました 戦争が続くなら こういう事はいつでも 起こり得るでしょう とても多くの者が わずかな野心のために 死にました 新しいことです 女性がナタの傷で 苦しむのが わかりますか 頭の半分はこのように 切落とされました そして子供たち 多くの子供もまた 戦争で傷つきました 若者も 人々は 頭を切って彼女を 殺そうとしています これは国連からの 広告です 国際連合です

今はルワンダで 多くの子供達が  生きたまま殺されてる 私達が見た女性は ナタで切り殺されて 彼女の頭部のほぼ 半分は切り落とされて 彼女は死にそうでした この映像は 国連が 戦争による 難民の子供達のための 寄付を 集めるために 出した広告です

これらは戦争中に 起きたことです 私達が思慮を欠き 互いを愛さないなら もっと 戦争が起るでしょう 今度は自分達や 友人  親類に起こります 戦争は決して 一つの国だけでなく すべての国々が それで苦しむのです

私は避難民のために 赤十字で仕事をした時 彼らの何人かは ドイツに来ました 冬でとても寒く  彼らは短いズボンしか はいてなくて それ以上何もなかった 私達はすぐ毛布を 持って来て包まねば なりませんでした でないと凍え死にます 子供でさえ  何も着ていなくて 何日も飲まず食わずで いました 私が赤十字で 仕事をしていた時 数人の難民を受け入れ 子供も含めた 何人かが 寒い冬の季節に ドイツに来ました 彼らは短いズボンしか はいてなく 私達は すぐ彼らに毛布を 渡しました でないと 死んでしまいます

私は車から降りた時 最初に見たものは 高さ約5mもある 全てが有刺鉄線の フェンスでした 共産主義者が ベトナムを占領した時 ベトナムの 全ての強制収容所は この種の有刺鉄線を 使用していて それが 私の第一印象でした 一見したところでは 強制収容所のようで その印象は ぬぐいきれません キャンプは 八つの区画に分割され 各区画に 二千人ずつ収容して 一区画が サッカー場の広さです 区画毎に20軒の小屋 それぞれの小屋には 百人の人がいます 各区でベッド繋ぎで あなたの両側に あなたの上に あなたの下に 人々がいて 全くプライバイシーが なく 鶏のように 閉じ込められています

ホワイヘッドと 他の全てのセンターの 状況は 混雑と不潔と 非道と下劣などで 極端に 特徴付けられます 難民キャンプの 子供達が直面している 目前の状況は 非常に心配です 自由がありません 子供達には毎日 有刺鉄線の境界の外で わずかな時間を 過ごさせねば なりません それで 彼らは自然や気候から 利益を得ることができ 外部の自然環境を 熟知したり または 異なる生活方法を 獲得するのと同時に 彼らの精神発達を 助けるのです これはとても 貴重ですが まだ到達できません それは私達の願いです

私が言いたいのは オゥラック (ベトナム)人が 収容された 避難所の状況は  有罪の受刑者の 状況より はるかに悪いのです あなたが最高に安全な 刑務所に行けば 彼らは平均的な オゥラック (ベトナム)の ボート難民が 国際的に認められ 規定されている 囚人を取り扱う 標準よりはるかに 低いレベルの場所に いるより かなり良く 扱われていることが わかります 結果としてそれらの 状況下での生活は トラウマを起こし 精神異常を 増加させます 堕落は 審査手続きへの 極度の恐怖感と 本国送還への 恐れにより 倍増されます 非常に深いレベルの ストレスはたぶん これらの状況の中で 長期間生きている 人々に与えた被害を 数値化するのは 不可能でしょう なぜ我々がこれに 耐えねばならないのか 合理的な範囲内なら 我慢できます

我々を収監したとき 彼らは兵士だと 思いました その部屋は 込んでいました 五月四日の 朝早い持間に 二時から三時の間に 警官一二〇〇人以上が 戦闘暴動鎮圧用装備で ホワイトヘッドに トラックで次々と やって来で そこで主要地や 全センターを 取り囲みました ちょうど五時に 警官がセンターに 駆け込んできて・・・

彼らには全部あり 大砲を備えた車 以外にも キャンプを狙った 装甲車もありました 私達は 逮捕や鎮圧が始まると 思いました 私は部屋について 言いたくありません 中には多くの人々や 警官がいました たぶん送還するように 強制するでしょう そうして警官が キャンプに 流れ込んできました

なぜ至る所に 彼らがいたのですか そして人々は メガホンを探しに行き それで私は全ての人に 一番風がよく通る サッカー場に 行くように 言えたのです 私達は皆無罪として キャンプの中で 規則正しく 平穏に生活していて 安全問題もなかった 警官が私達を 手榴弾や 催涙ガス 棍棒さえ用いて 気にかける理由は なかったのです

もちろんオゥラック (ベトナム)人の 最初の反応は 「強制送還だから 彼らは私達を捕まえに 来ているんだ」と それは難民にとって 考えもしないことで 日常的ではなく とても 恐ろしいことです

我々は非常に長い間 座り すみません トイレに行くのは 大変だったのです そうするすべが 全くなかったのです 私は人がそうしない ように促した者です 私がした事は非常に 正しかったと思います もちろん 私は そのような行為に 怒りを示しましたが 心を静めて その瞬間 自身の行動を制すよう 皆に促しました 皆が私に耳を貸し 地面の上に 静かに座りました でも警官が やってきた時 我々は 簡単な行動をしました 我々全員が この誤った行為に 意義を発しました 我々はいかなる暴力も 行使しませんでした 我々は一度も 違法な事は しませんでした

私は合法的に行おうと していた 二人の オゥラック(ベトナム) 人の代理をしました 去年の五月にホワイト ヘッドセンターで 穏やかな抗議に 参加しました それは 強制本国送還と 政府の審査手続きに それらの不公平な 手続きに対して 起こした 直接的な反対でしたで 最も憂慮すべき局面は 刑事裁判の いかなる過程にも かけられなかった事で 刑がなくても 彼らを投獄しました ただホワイトヘッド から連行しスタンレイ 刑務所に入れました そして彼らを 芝麻湾という 別の施設に移すまで そこに留めました

その時 誰も私達を 助けられませんでした 誰かに会うことも 許されず それで 正義はどのように 光を拘置所に もたらせますか そのために 私は拘置所で何回も 泣きました なぜなら同国人に 共感できるからです 今日まで なお同じです 私は法廷で嘘つきだと 言われています 正義がないだけでなく 彼らは私達に 中傷さえして 尊厳を傷つけました 突然 キャンプ6に 戻りたいと 主張したわけでなく 名誉と尊厳を 保護したいためでした

これは どう見ても 意図的な収容所です つまり 人間の 権利の悪夢であり 出て行く人をなるべく 減らしたいのです その結果 個人から 力を奪えるよう 段階を踏みます コミュニティから 明晰に痛みを話せる 人々を追い出す 全体的な影響として 実際 それらの人々を減らし 彼らの力を奪い 意志を滅ぼすことは それに値する多数への 保護を通して 本当に その方法を知るために

政府は協力して 避難所を求める 亡命希望者の権利を 否定しています 彼らが唯一 期待している 迫害からの逃亡が 再び迫害となれば 彼らが 自由を求めた国で 難民法の概念は 意味がなくなります 政府が延期し 彼らを自殺に 追い込まないことを 願います 自由 民主主義と 博愛は達成するよう 努力することでは ないのでしょうか 私達は他の国と 交渉中です 互いを 兄弟姉妹のように扱い 特に女性と 子供たちをです

主にハレルヤを歌おう ハレルヤを歌おう 主にハレルヤを歌おう

難民の皆さん どうか 自らの命を大切に 難民の皆さん どうか 自らの命を大切に 難民の皆さん 自らの命を大切に

愛してます 難民よ 

あなたたちの命を 大切にして下さい

難民の皆さん 勇敢に

愛しています 政府の テロリストの行動に 抗議します

抗議! 抗議! 抗議!

ボート難民を 虐待するのは悪行です 悪行! 悪行!悪行!

戻るなら死を選ぶ 死を選ぶ! 永遠の自由! 永遠! 永遠!永遠! 身を捧げる! 最後まで尽力すると 身を捧げる!

空腹に身を捧げ 自由の為に尽力する 身を捧げる! 私達は信じている 神が私達の体を 創ったのだから 傷つけてはなりません それを壊す 権利はありません 高波に 命を賭け 嵐の悪魔に 命で戦い 自由を見つけるために だが 予想を超えて だが 予想を超えて 到着と同時に 四枚壁の後ろに 拘置された 我が「家」は熱く 火のようだ 扇風機は回らない 親愛なる神よ 貧しい新生児 誰が耐えられるのか

今日集会がありました 団体の話では オゥラック(ベトナム) ボート難民で 自殺者が急増する 恐れがあります 強制送還の政策が 原因です

彼らは二十カ国以上 から来ました 国際的な 霊性団体の信者は  ベトナムの ボート難民に対する 政府の扱いは 犯罪に他ならないと 主張しました 外の彼らの集会に対し 中央政府事務室は 今日の午後 静かな 抗議はホワイトヘッド センターへの旅を含み 約一週間であると 告知しました スプリームマスター チンハイ国際団体は この女性に 関心を向け 彼女は 平和の長旅は 恐怖で火付け役となり オゥラック (ベトナム)人収容者は 故国への送還より 自殺せねばならないと 言いました 私達は明日 キャンプへ行き 彼らのために 瞑想し 祈ります 彼らの魂を慰め それで彼らが 自殺しないように 私達が受取った 情報として その情報が本当でない ことを祈ります ですが それが 本当になるまで 待つ余裕はありません

団体は 今月初旬 ホワイトヘッドでの 強制送還を 人間の良心における 傷として描写しました これらの抗議者は 口頭のデモより 祈りと瞑想を好みます 彼らは 多くは 語りませんが滞在中の オゥラック(ベトナム) 人をキャンプから 釈放する嘆願を政府が

聞き入れるよう願う でもこの団体は 祈りよりも 多く提供すると主張し 滞在中のボート難民を 受入れる国々に与える 何百万ドルがあると 発言しました

チンハイ瞑想団体の 何百人ものメンバーが 今朝 ホワイトヘッド センターの外で 瞑想していました 自らの命を絶つまで 本国への強制送還 政策に抗議しないよう 収容者の説得に 試みました 何千ものオゥラック (ベトナム)人が 今日ホワイトヘッドと ハイアイランド キャンプの中でデモし 五百以上が ス断食のトライキを 実施しました

このフィルムは 難民の苦境を 知らせるためです 皆様のためにコピーを 用意しましたので もっと知りたい方は 自由に持ち帰って ゆっくり見て下さい

私は屋根から落ちて やけどして 警官に叩かれました

私は病院で緊急処置が 必要だったとき ハンストをしました 刑務所に入れられ ひどい扱いを受けた時 健康はまだ回復して いませんでした こんな残酷な扱いを 受けて 私は怒り 傷つきました

抗議者らはただ 現場に座り 警官は一列にならび 水鉄砲を使って 現場で座っている 皆の顔をめがけて 唐辛子水をかけました

しばらくして 催涙ガスが噴霧され 私は起き上がり 私の赤ちゃんが口から 泡を吹いてるのを見た

自由 それとも死か

ボート難民 「集団自殺」を計画

25999人の人々を 犠牲にする用意がある

ベトナム難民 本国強制送還に抗議し 自殺を図る

スプリームマスター チンハイは世界中の 彼女の弟子と共に オゥラック(ベトナム) 難民の署名活動を 支援する

それと同時に アメリカ合衆国 カナダ メキシコ パナマ コスタリカ チリ 英国 ドイツ フランス スイス スウェーデン オーストリアオランダ フィンランド 豪州 南アフリカ共和国 日本 韓国 台湾で 熱心な署名活動の 支援が行なわれている

自由な世界はベトナム 難民を受け入れる 一つの署名が 多くの命を救う

ベトナムボート難民 自傷行為を 続ける

八十人の死亡者が 自傷行為に 加わった

オゥラック (ベトナム)の人々は 非常に独立しています そして 自尊心がとても高く 自分達の 故国から離れて 他人から食べ物と 愛を求めることを 好みません その四、五千年の 歴史ではオゥラック (ベトナム)は かつて難民として 自国を逃れたことは ありませんでした 窮迫していたときも 頻繁に戦争が 起きていた間も 難民はいませんでした 中国が千年間 オゥラックを 統治しましたが 逃れました フランスが百年間 統治しましたが これもまた逃れました 幾つかの戦争が 数十年続き そして 洪水や他の災害も 国を襲いましたが 誰も逃げませんでした それで今 なぜ国を 離れようと思いますか なぜ何百万の オゥラック(ベトナム) 人の男性も 女性も 老いも若きも 金持ちも貧者も 政治家も 民間人も 五千年の歴史の後も 自国から 逃れるのでしょうか 考えてみてください それは神が私達に 知って欲しいからです 愛は貴重な宝で自由は 正しい理想であると これらの難民に 背を向けるのは 私達自身の理想を 裏切ることです 難民ではなく私達が 本当に哀れな人に なってしまいます 物質的な生活ではなく 私達の理想 魂 高貴な道への思いが 重要なのです

これは四年前に 存在した 抑圧的な状況でした こんなに長い年月が 経った現在でも同様に  難民を怖がらせたり 虐待したりしてます だから難民を緊急に 救う必要があるのです これは皆様にちょっと 知らせるためです このビデオは長く 皆様はここにずっと いられないので 次のプログラムへと 進めましょう

百万人署名の嘆願書は フォルモサ(台湾)の 議員や 他の国の議員によって 提出されオゥラック (ベトナム)難民への 援助を訴えます それでは代議士の方々  立法議員の方々 国会代表の方々 舞台に上がって下さい どうかこの百万人 署名の嘆願書を お受け取りください ありがとうございます

この嘆願書は 一三〇万人以上署名し フォルモサ(台湾)は 百万人を占めています この署名運動の目的は 自由主義の国家 特に フォルモサ(台湾)の 政府がオゥラック (ベトナム)難民を 受け入れるのを 望むからです わが政府には この百万人の意志を この百万人の意志を 重視し 香港にいるオゥラック (ベトナム)難民の 受け入れを 検討してほしいのです 彼らは生死に関わる 状況にいます フォルモサ(台湾)の 議員の方々には この百万人の代表とし この提案を 考慮して頂くよう 我が政府に 伝えてほしいのです 百万人とは 大きな数です これはほんの一部分で ご覧のとおり ホールの外には もっと沢山います オゥラック(ベトナム) 難民の問題の解決には 私達には二、三の 提案があります スプリームマスター チンハイをお招きし これらの提案を 発表して頂きましょう

私達はオゥラック (ベトナム) 難民についての 提案を書きました 皆さん一人ひとりに 二通の手紙が入ってる 封筒をお渡ししました 一つは私達がお互いに 助け合わねばならない 理由についてで もう一つは難民を 助ける方法について 家に帰ってから 読んでもいいのですが ここでは少し簡単に 説明しましょう 難民を助けるには 三つの方法があると 私達は考えます 第一に  香港やフィリピン マレーシアなどの 難民の受け入れ国は 難民を死なせないよう 送還しない方法を 選ぶなら キャンプの中とか キャンプの近隣とか 政府の規定する どこでも工場を 開くことができます  これによって雇用の 機会を提供します 難民を訓練し  働かせることによって 難民の自立にもなるし  受け入れ国にも 世界にも 貢献します こうすることで 彼らは政府の負担には なりません オゥラック (ベトナム)に帰国 しようとする時まで 助け続けられます

二番目はこれらの 難民受け入れ国が私達の一つ目の提案を 受け入れないなら つまり強制送還を 決定し 難民に滞在させない つもりなら 私達は国連に 相談してもいいです 難民を送還したいと 思っている国は 七十四カ国です これら七四ヶ国は 私達に土地を貸したり 売ったりでき 私達は 難民をそこへ移して 住まわせることが できます また大小の工場を開くことで職業訓練の支援を 提供でき 彼らに仕事をさせる こともできます これらの国は 市民権を与えることも できますが その寛大さによります しかし私達は これら難民を経済的に 人的資源において 必ず援肋する つもりです これらの問題に関して 私達はついでに 国連にも 思い出させたいのです 彼ら自身の盟約を 六六年十二月十六日に 国連は公民と 政治的な権利に関する 国際盟約 (ICCPR)を採択し その中には 人権と 世界難民に関する 第九、十、十二条の 項目があります 参考までにこの三つの 条項を引用しましょう 第九条では「誰にも 自由と人身安全に 対する権利がある なんぴとたりとも 任意に逮捕したり 留置すべからず 法に触れる事を しない限り 人々の自由の権利を 奪うべからず 難民は犯罪者では ありません 彼らは自国で 政治抑圧に苦しみ 他国へ逃れたのです 第十条では「自由を奪われた すべての人に対し 慈愛をもって扱い 人間の 生まれもった尊厳を 尊重すべきである」

第十二条では「誰でも 自由に自国を含む どの国からも 去ることができる」と お分かりのように 国連はこれらの 条項を書きました 彼らはこの約束を 守るべきです 私達が請うのではなく これら全ては盟約に 含まれています 皆さんが見たければ 国連からコピーを 求められます 彼らのできない多くの 事が含まれています 第三にオゥラック (べトナム) 難民に戻る気が ある場合 戻った後 人権を奪われるか どうかを確認するため 国連を通して 私達が雇った弁護士を オゥラック(べトナム) に派遣することをオゥラック(べトナム) 政府が受け入れるよう 望んでいます これらの提案は スプリームマスター チンハイ国際団体と ここにおられる 貴賓とご友人 フォルモサの 政府要人 主要宗教団体と 慈善団体が 支持しています ありがとうございます スプリームマスター チンハイの提案に 皆さんが 同意なさるなら 熱烈な拍手を お願いします ありがとう 皆さんの熱烈な支持に 感謝します 皆さんがこの提案を 承認なさるなら 嘆願書にも署名して 提出して下さい 私達は三十カ国以上の 代表によって 署名された嘆願書を 適当なルートを通して アメリカ合衆国の クリントン大統領と 国連に 提出します ついに私達には 重要な人権宣言が できました

コピーがあります

慎重に読んで下さい 皆さんがこの宣言を 支持なさるなら グループ名称 国名とご自身の お名前をご署名して 返して下さい 私達はこの宣言を 署名された提案と 一緒にアメリカ合衆国 クリントン大統領に 提出し 難民のいる国々が これらの提案を 考慮するのを促すよう 求めます

今日のすべての貴賓と 各国の代表に 感謝致します 私達の国際人権大会は これで終りにします より良いニュースを できるだけ速く皆様と 分かち合えますように お国に戻った後 スプリームマスター チンハイの 考えと提案を 考えと提案を 全世界に広めて下さい 世界中からの 代表の方々 ありがとうございます アメリカ合衆国 アイオワの州務長官 バーバラ フィンチ夫人 そして彼女のご主人 そして 世界文化交流協会の 陳洪鋼秘書長 ありがとうございます 特にスプリーム マスターチンハイに 感謝致します 皆様に感謝致します また多くのフォルモサ (台湾)の民意代表 立法委員 国大代表 そして異なる国からの メディアと貴賓の皆様 ありがとうございます 皆さんありがとう 熱烈な拍手で彼らに 感謝致しましょう

遅い時間になりました 遅くまで居て下さった 誠実さに感謝します

もう遅い時間ですが まだ居ても構いません 皆さんを称賛します 私はキーパーソン としてここに呼ばれた のかどうか分りません 一緒に皆さんと座って お茶を飲んだり 雑談をしたいのですが 私を舞台の上に 乗せたがります

ええと  皆さんが知りたい事は 既に明白に なっています 私達の世界を 救うべきです 愛情を保ち 神聖な雰囲気を 自分達のために作り また私達の次世代の ためにもです オゥラック(ベトナム) 難民は  私達の地球での品位を 落としている 象徴の一つであるので 象徴の一つであるので 正すべきです 費用は掛かりません 自由を進展し  公正さを進展し 人権を進展し 人道的精神を進展する 費用は そんなにかかりません 先ほどの会議に 明白でない事があれば どうぞ 私に聞いて下さい 分かれば私が答えます そうでなければ バーバラに聞いて これはバーバラと 陳氏のためだと思い 私がここに来た時 そこに座るよう言われ 驚きました はい どうぞ オーストラリア政府は カンボジア難民を キャンプに 拘留していました (ええ) 豪州では (分かりました) 一九八九年からです (知っています) 今は 四十人が残り カンボジアへの送還を 拒否しています 彼らは戻ったら 何が起るのか 恐れているからです (そうですね) 現在 彼らは強制 帰還に直面しています オーストラリア政府に あなたなら この四十人に 何ができるか 政府に勧めますか オーストラリア政府が できる 最も人道的な行為とは どんな事ですか 四十人だけですか (はい) 彼らをどこかの場所に 連れて行き  彼らに住居や仕事を 与えるのです お互いに論争し 沢山の時間と 体力を使い  不協和音を出すより 簡単です 現在のカンボジアの 状況はもっと安定して いると思います しかし 時々 新聞を読むと 恐ろしい事が何度か ありました

恐らく 彼らは 多くの日光と自由な 豪州を好んで居ます 彼らを責めません 皆さんの国に行く時 私もそこにいたいと 思います 広大な土地 新鮮な空気 緑 友好的な人々 そこに居たがらない 人がいるでしょうか 四十人居るのなら 彼らを守るべきです オーストラリアの 「貴重種」として 四十人のカンボジア人 自分の国を多くの国の 創始者にするのです いいですね 覚えていて下さい  豪州人もかつて難民で ここに難民として来て それならなぜ 彼らを同舟の民として 扱わないのでしょうか とても簡単です 四十人です 彼らが必要でないなら 私に下さい 私に彼らを下さい 私に彼らの世話を させてくれたら すぐに行います 政府に言って下さい 問題ありませんね 遠くから来てくれて ありがとうございます 今のところ香港にいる オゥラック (ベトナム)人が フォルモサ(台湾)に 行く方法を 知っていますか フォルモサ(台湾) 政府には何か多くの 問題がありますか 皆さんの政府 総統に何度も 手紙を書くべきですが 私達には返事が ありません 手紙を書くだけですか 他に何がありますか 総統の公邸に行き 会いたいと 言うのですか はい 接点がありません 一国民です

一国民にすぎません 権力 コネもなく 陳情員でもありません

多くの政府との コネがありません 私はただの 霊修行者であり 最近だけです オゥラック (ベトナム)難民は  ある国から別の国へと 逃げていて  慈悲ある政府の 門戸を叩いて いるのです

フォルモサ(台湾)も 開くと良いですね 恐らく 来週 手配できるかもしれず そして国大の 国会議員は 公聴会を開き 政府にこれを 終結させます ありがとうございます 皆さんにはとても 感謝しています 加護を祈ります 神のご加護を なぜなら ほら多くの 国が恐れています

分かります 恐怖は理解しました しかしなぜ 自問しないのでしょう 正しい事をするなら なぜ怖いのでしょうか 彼らが間違った事を するなら どれほど恐れようが それは間違っています 分かりますか 全世界を敵に回しても 正しい事を するべきです だから私達は全世界を 敵に回しても 難民のためにします 少なくとも七四カ国を 相手にしています 怖がらないことです なぜなら 私達は 正しいと知っています 分かりますか 正しい事をするなら 私達は何も怖がる べきではありません 全世界でさえもです 間違った事をしてたら 子供を見たとしても 私達は 恥じるでしょう ええ そう思います 質問があります (どうぞ) このような難民の 問題があるとして 香港にいる人々は 既に良い結果を 得ています マレーシア タイ シンガポール インドネシアにある 他のキャンプの難民は どう思いますか 彼らの反応は どうでしょうか 沢山の難民キャンプが あります 次の段階でどう 解決するのですか 既に行なっています 私がする多くの事は 公開されていないので それはただ公に 現れないだけです 今日は例外です フォルモサ(台湾) 政府にそれを 提示せねばなりません 隠れてすることは できないからです そして私達は議員 及び様々な立法者から また多くの政府の 要人から 支持を得ています ですから 公に しなければなりません

通常は難民のために する事はあまり多くの 人は知りません いわゆる弟子でさえ 知りません 何らかの 十分な 結果などがあるまでは さもなければ 私に公開するよう 強制します あまり成功に 至らならなかったので 私はそれを発表する つもりはありません 成功すれば 皆が知ることになり 私がそれを公表する 必要はありません 今 私はまだ フィリピンからタイ マレーシアまで難民の ためにしています しかし具体的な結果が ありません 従って 皆に報告できません 将来いわゆる成功が 将来いわゆる 成功したら 知らせたいと思います よろしいでしょうか ええ まだはっきりしないと 言えませんね (有難うございます) それをしていますよ (はい ありがとう) 国連が 人権条例の 下にあれば (そうです)この問題に決着をつける法的な 立場にあると思います (そうです) 香港だけではなく 他のところも そうです(はい) どの国も  国連のメンバーなので 彼らは国連の どんな決定でも 受け入れなければ なりません そして 国連は この問題を解決する 立場にあります (そうです) 私達はある方法を行い ただ応用するか 国連と 交渉せねばなりません (そうです) ふさわしい人とです 「それはあなたの 責任です」と彼らに 喚起せねばなりません

それは彼らの義務です それにここ数年 私達は国連に 手紙を出しています

全世界は 否定的な傾向によって 荒れています そういうわけで 戦争があって 難民がいて 私達の兄弟が互いに 殺し合っています 国民を抑制している 政府があるからです ありとあらゆる暴力で 分かりますか 世界が多くの悪の力に 汚染されている からです 人類の保護者であると 思われる人々が私達に 背を向けるので 私達は何かを しなければなりません 私達は主導権を とらねばなりません また私達は活発に 本分を尽くすべきです その任務で正義と呼ぶ 本体を失った時 私達は彼らが 立ち上がるのを 手伝わねばなりません 彼らができないなら 私達自分がします 結局 自身を 信頼することが 最も安全な方法で 最高で最速だからです そういう訳でたとえ 非常に忙しくても このプロジェクトを 引き受けるべきです 私はとても忙しいです 難民の問題を引き 受ける事は私に多くの 仕事が増えることで 眠れない夜が 多くなります

マダムチンハイ あなたはフィリピンの この問題がかなりの間 続いていたと 気づいているでしょう 私もこれに かかわっています 私達は一緒に フィリピンの パラワンやバタンの 別の難民の所に行き 難民の取扱いや管理が 国連の人々の手に 握られていることを 考えています そして フィリピンは 小さい役割 招致国を 演じているだけです 今 私は感じたのは 昨晩フランスからの 友人とこれについて 議論している時 私は彼に言いました キャンプで起こる どんな問題でも 拒否であろうが 本国送還であろうあ このすべてが 国連に属すると 時々 フィリピン政府は 全くすることはないか 関係がないです ですから私のような 一般市民として 難民のために  土地を提供するなら どう取り組みますか 政府レベルでは 完全に 拒否されたので・・・ 政府は 政府は 関わるのを 好まないからです 特に政府の方針になった場合です それで難民に対する 人道的な懸念の 表現として 国連の方針を どう行なえるか どう私達が展開できる 方法を見つけられるか ご提案頂けますか 例えば 私はその 土地を持っていると 言いましょう あなたが提示した 最良のご意見は 少なくとも難民に 土地を賃貸するか 与えることです(はい) 私がその要請に応じた ことを考えた場合  その土地を開発して 難民に提供することは 可能ですか それに誰がその世話を するのでしょうか

フィリピン議会 または大統領が それを承認しない限り 私は その立場に いないからです さて 二つ目の意見は 市民権の認可です それも非常に大変です 議会で可決しなければ なりません 私の主な関心事は あなたもそうですが 私達はこれらの難民に 与えたいと思う土地を 提供できます しかし 唯一の問題 唯一の妨げは 政府やまたは国連は 彼らの滞在を 滞在の延長を (はい そうです) 許可するでしょうか その通りです あなたは問題が よく分かっています 答えを知っていますね 三年前に私達は 一緒に働きました 私はあなたの土地を 借りたかった そして 今あなたは私に頼み 契約と全てにサインし その土地を私に貸し 難民が入って来る 準備が出来ましたが 政府はそうして 欲しくありません 今私とあなたは 密かにそれを考えて 難民のために全てを 建てるとします 私達は工場を作り 全てを建てます すると政府が来て 言うのです「ほら見ろ 彼らはフィリピンの 国民ではないのだ 家に帰る時間だ」 そして彼らはそれらを みな放り出して 私達があなたの国の 不法な投資家であると 言ってすべての工場を 没収するのです それで私により多くの 問題が降りかかります 問題は 私達は三年前に 一緒に働きました 私があなたの土地を 借りたことを 覚えていてください

ええ 私は お願いできず 購入すると言わずには いられません それで 国に負担をかけません 私自身のお金で難民を 助け ただそうして 私を助けて下さい でも三年過ぎたら 政府は何も言って こなくなります

彼らに 思い出させるため 私は国会 上院議員と もう一人 大統領の顧問へ二通の手紙を書きました 「答えてください」 今のところ何もなく 私があなたの政府の 承諾なしでそこに行き ただオゥラック人 (ベトナム人)のための 工場を建てることが できると思いますか 私達が企業のように 事業としてそれを するのはどうですか 私達が会社を興し 事業のように運営し (それはいいですね) フィリピン人という 名の下で(いいです) 私達はそのために フィリピンで 自身で土地を得ます しかしオゥラック人は フィリピンでの 居住許可がなく 現在キャンプの中で 閉じ込められていて 以前のように 出かけることさえ できません 私は彼らに会うために 入ることもできず ゲートの隣にだけ 入るのを許されました それだけです たったの五分です 今私があなたの土地で 何ができるのですか 問題は フィリピン政府側には ないと思います それは国連の政策に より責任があります フィリピン政府への 圧力か 強制された政策です まあ あなたは よく知っていますね 世界は横行しています 世界は正しくない あなたが言うことは皆 私には冗談のようです それでもやはり 同胞が 苦しんでいるので私は 前へ進まねばならず 話さねばなりません 不可能なことを しなければなりません 最後の時までただ できることをすべき 一生懸命努力します 私はこの地球で私の 命尽きるまで全力を 尽くし 人々に他人を 救うことは自身を 救うことだと 理解してもらいます オゥラック(ベトナム) 難民を助けるのは 自由を支持すること 分かりますか

私は大部分の国が どんな政策を しているか知りません それらは自身の 観念に反します それらは自身の 自由の誓いに反します

オゥラック (ベトナム)人の 生命と精神  自由と全世界の 尊厳を 犠牲にしてもです もう質問はないですか 時々私は絶望的に感じ ますが それでも前へ 進まねばなりません

はい 彼らには この事をする責任が あります(はい) もちろん個人的に 私達は人のつてで 他の何人かを 手配できます でも正当なのは 国連です 彼らはこれを 鎮静化する権利があり その立場にいます (もちろん もちろんその通り) (とても重要です) その通りです あなたの言う通りです
はい どうぞ すみません 私達は 難民がいる国を手配し 両者を合わせるよう 国連に提案を 提出してもいいですか (はい) すべての加盟国に 手配するように 国連に頼んでください 「何人の人を 受け入れられますか 七人 十人 二十人 またどんな人々を 受け入れられますか」 なぜなら国連は それをする立場にあり それをする 力があるからのです (はい) 人権の法規によれば 彼らはそれを すべきだからです (分かります) 彼らは確実に そうせねばなりません その場合・・・ 私はそれが 正しい方法だと 思います 国連はすべての (そうです) 加盟国に手配するので それは非常に簡単で 私達個人がするより はるかに良いです そうです 私達は国連に お願いしました 「どうかご支援で 助けてください 国を見つけてください そうすれば全てに 資金を提供します」 答えがありません いいえ 私が言うのは 国と国を組み合わせ 公式に彼らに 提案を送るのです 素晴しい あなたが 全ての政府に行って 指導者と話して下さい 私にはそんなに多くの コネがないからです ええ 多くの 人権団体がすでに 国連に要請しました あなたの提案と 類似した提案です

彼らは国連に 公式提案を送りますか 私はしました 何度も送りました でも個人的に 国を 組み合わせるのでは ないのですか ええ 彼らを知って  いるならそうします 今日違う国から来た こういった人々は ほとんど政府職員では ありません 彼らは自身の理想から 助けようとする 自身の善意から 来ました いいですか 国連の七四カ国と 話そうとするのは 偉大な仕事です  多くの扉が 閉じられているのが わかるはずです しかし 国連の場合 この仕事を引き受けず これは皆 加盟国です やってみるだけですね 試して 試して 試すだけです そして今国連に 所属していない 多くの国が あります 彼らは国連への 義務がありません 彼らはCPA プログラムに対して 義務がないので これらの国が難民を 助けるよう望みます 英雄的な精神でそう することを望みます 他人のできないことを するためです しかしそれでも 望みがありますね フォルモサ(台湾)が オゥラック(ベトナム) 難民を受け入れるのが 最も都合がよく 適切だと思います フォルモサ(台湾)は 多くの労働者も 必要とするからです その上 林立法委員から 聞いたように 多くのフォルモサ (台湾)人が他国に 移住しています ですから難民を中に 受け入れるなら 一種均衡が取れます それについては 問題ありません 土地はさほど狭くなく 人が住んでいない 多くの場所があります 多くの島も フォルモサ(台湾)人が 必要ない土地などを オゥラック (ベトナム)の人々に 与えてもいいです それで彼らは その土地を役に立つ 場所に開発できます 彼らは台北にいたり 大統領官邸の隣で キャンプの必要はなく フォルモサ(台湾)の どこでも行けます

ありがとう マスター これは質問かどうか わかりませんが 私も失望を感じます 特に国連で働いていて 世界平和を本当に 助けることの代わりに それを見るからです そういう感じです (はい) 人々は文書業務の 官僚機構に 巻き込まれます(はい) そして 内部競争と 特に高等弁務官は はめられます 彼らの目的は オウラック(ベトナム) 難民を帰国させる ことに設定されます いかなる提案も あまり受け入れません (はい) あなたからも他からも そして・・・ 自費でさえも 自費でさえ そうです はい それで こちらサイド では何をすべきですか つまりオゥラック (ベトナム)人にとって 自国に戻るのは それほど悪いのですか 見込みがないのですか 彼らが配置されるのが わかるからです そうしないでしょう (方向転換 はい)  方向転換して あなたの提案を聞いて あなたは頼んでません あなたはお金さえ 求めていません つまり(はい) あなたは全ての状況の 面倒を見ていて(はい)

私達がどうやって 国連の官僚機構より 優れたことを 行なえますか ある意味行き詰まり 私達ができるように あまり問題ではなく それで私はただ

挫折を分ち合いたいと 思います 私は会議や 映画やそういう全てに 深く感動します そしてあなたは私を 泣かせました 私がどう感じるか 知って欲しかったです 理解しています 良い人間としてそこで 働いていれば非常に 失望すると感じるに 違いありませんが あなたはそこにいます あなたのような良い 人が国連にいることが かなり良い事です ただそこにいて下さい たぶん あなたの声に もう一つの声が加わり 最小の声になって たぶん効果があります たぶん幾つかの耳は ある日聴くでしょう 私が見たかったのは 多分あなたにNGOの ような組織があるかで それは世界文化または 何かです 彼らは NGOに来られるなら あるいは 少なくとも 私の部門 人道問題事務局 週に2回NGOに 提案するよう 促すので それが できるかどうかを 見たいと思っています よかったです 効果あると思うなら 私はもう一度行く事を 検討してます(はい) いいですか あなたの 見解は多くの良い 国連職員に 伝えられます 先月 一週間以内に 一部の人 国連の職員 十人ほどが 香港で辞職しました 彼らは香港における 国連政策に 同意しないからです それに彼らは自分達が 保護すべきで 全世界が 保護するはずの 難民の苦しみを 傍観することが できません 彼らは無償で働いて いるのではありません その仕事をすることで 支払われますが 彼らはそうしません それで一九九四年 四月七日の血まみれの 襲撃後 彼らのうち 約十人が一週間以内に 辞職しました ですからあなただけが 上司の方針について 失望を感じる 一人ではありません それでも 辞任する必要はなく あなたはそこにいて 非常に良い組織に なるように 良心を 目覚めさせるような ことをして下さい 善良になるという意味 良くなる事に源を発しどんな組織にとっても あまりに長くなれば 人々はその人間性を 忘れて 彼らの崇高な目的を 忘れるのです ただ官僚制度だけを 覚えていて ただ 権力を覚えています それはどんな組織に とっても悪いことです そういうわけで 合衆国では 大統領の任期が 四年しかないのです

組織ができると 多くの資金が 流れ込みます そして 人々は 権力があるけど 智慧がなく 他の人間の運命を 決めようとすることが うまくいかなく なります したがって 国連の唯一の解決策は 瞑想を修行し 人を助けると誓い 菜食をし 善良な人になること たぶんその後 彼らは 賢くなり そして 彼らは救いたいと思う 方法できちんと世界に 奉仕することが できます いいですね でも私の話ですので それが実現するか どうかわかりません 高い位置にいる人と 話すのは 非常に難しいです

はい マスターチンハイ  ご存じのように 私達はあなたを平和の ためのラジオ 国際に 迎えインタビューを 生放送しています (はい)私たちは 少なくとも 週に一度 皆が聞くような 何かをするために  現在計画しています 私達は週に一回 あなたの番組を計画 しようとしています あまりお手間は かけないようにします でも私の主張は この女性が話す事と 関連付けることです その中の一つは その話が出て 何度と なく繰り返している時 十分それが 行なわれていたとは 思いません 率直に思うのは 行動するのに当惑する する人もいて   それが必要なら 私達がすべきことで あるかもしれません 私達は彼らが それ以上否定できない 程度まで 繰り返して 再三再四 その事実を 彼らに提示します 私は これが私達の 取るべきかもしれない 経路であると思います でもこれをするために 私達はこの部屋の 皆の協力が必要で マスコミは全世界が その問題を聞き理解し そして個々の人々が それに関して 出来る事を確実にする 必要があります このような考えを どう思いますか

はい それは重要な ポイントの一つです もちろん 私達は そうすることもでき マスメディアは 非常に重要です 彼らは王の誕生を助け 多くのひどい政府の 指導者を 引き下ろすのを 助けました それで 私は彼らが 国連のような組織と  政府が彼らの 最優先の義務 即ち 彼らが 何を支払うか 何をすると期待されて いるのか 思い出し 思い出させるのに 役立つと 思います あなたは 私が毎日 コスタリカまで 駆けつけなくても 放送できますね 私達はあなたが コスタリカに来るのを 楽しみにしてますが (いつか行きますね) 要点は マスコミでは それを人の為に使うか  または 人に反して 使われるのか どちらかです そして それは皆への 挑戦であると思います 国連ラジオで 起こったことの一つは 例えば 私達は 国際平和ラジオに 国連のニュースを 届けていますので 実際 私達は 国連ニュースに 番組を組み入れる ことができます (まあ本当ですか) 内部からまさに  この主題についてです そしてニューヨークの 国連ラジオでは まさにこの主題を 聞くでしょう 私達の捜し求めるべき 小さい裏口があるかも しれないと思います (どんな扉かは 重要でありません) 賢明さが必要です (はい) それと直感です 扉がある限り  開いて下さい ええ いいです ありがとうございます 非常に実用的です ありがとうございます それで  放送局のこの部屋には 沢山の局長  マネージャー及び主要 プログラマーがいます あなたを含めて彼らが あなたの賢明な助言を 聞き それを実行する ように望みます あなたが私達から 必要などんな材料も あなたのために 住まいからそれを 記録してあなたに送る ことができます 私は 遍在できません 私の弟子はできると 言いますが それは知りません はい どうぞ はい

はいどうぞ スプリームマスター あなたには 三つの提案があります それはあまりにも 寛大であり  人道主義であり それは 残っている 六万人の難民の あらゆる問題を包含 するので ある意味で  非常に膨大です しかし マスター あなたがいつ出発を 求めるか または 彼らがいつ容易に 難民の地位を得るか それらの6万難民の 組織について誰よりも よく知っています しかし 現在まで 72の国によって 署名された CPA 包括的行動計画に 包括的行動計画に よりますと 既に 難民の地位を取った 人だけが可能だと・・ わかります よくわかります 第二に国連HCRとは マスターはご存知で 七十二カ国の署名で 既に合法性があります その権力は 傷つけられることなく たまたま 今日までやった事を 否認し 拒絶しました そして国連HCRの 威信について それと同時に 国連の威信についても 非常に難しくなります この状況では この考えで 私はあなたに 小さな解決策を提供 したいと思っています それが第一歩です 即ち あなたの 提案を支持し それはすぐにあなたの 提案を完成させるかも しれません  私はフレター氏と電話したことが ありますが あなたの香港における 行動と抗議は 大変 彼らに影響していると 言えます 彼はあなたの抗議に 非常に震えました

本当ですか でもこの七十二カ国の 集会の前に彼は 後退りできません それが問題です マダム 今の状況では 私達は バンコクで何かを しようとすべきです 言い換えれば バンコクの技術会議は この選択が不当で 任意であることを 認めなければ なりません それが第一歩です 第二歩目は 選択において 不正が認められれば それでは私達は事例を 再審査せねばならず それが第二の場合で 第二歩です 第三歩目は 最後の一歩です  私達は彼らに残りの 六万人の事例を全て 再審査するよう要求し でもこの事例では 彼らには少し 難しすぎて  実行できないでしょう マスター  彼らには六カ月しか ないからです でも三百人を 要求すれば 他の人 残りのオゥラック人 (ベトナム人)に とって不公平です はいマスター つまり 私達は多く要求すべき たぶん彼らは少し 与えるかもしれません 私達は要求しました あなたのアドバイスに 従い 私達はあなたの ように要求しました マスター 二月十四日 その時 彼らは私達が キャンプに入り数名の 犠牲者を選ぶ事を認め それで彼らは 再審査しようとします それは国連HCRに 代わる唯一で 自由裁量の力でです 不正を認めることに 合意がある限り 私達は 不公平な事例を 再審査しなければ なりません それはいいことです 私に言ったことを 全て書いて下さい 後で私は何をするか 再考してみます これです マスター この手紙を書きました (はい いいですね) そして二十八人の 理事委員に 送付しました 今夜 再びマスターに 尋ねます それはいいです  ありがとうございます 私達 メディアも含みます ありがとう感謝します

すみません 全部は翻訳できません もっと活発的に国連と 共にオゥラック人 (ベトナム人)を 助けるため 彼は どんな方法をとるか 私に話しました 六月二日に  彼らはバンコクで再び 会議を開催するので  私達はさらに国連に 影響せねばなりません 彼はより多くの暴力が 故意にオゥラック (ベトナム)本国へ 還送されない オゥラック(ベトナム) 難民に対して 行使されると推断し それで私は彼に言った 私達が暴力について 国際世論を表明した後 これが起こるとは 信じられません

しかし彼は言いました 聞いた事があるですが 六月二日の バンコクでの会議は オゥラック (ベトナム)難民が フォルモサ(台湾)に 留まらせられるか 否かについてだけ 再考します 従って 抗議する 予定はありません 支援する予定であり できるなら タイに行って 政府と話したいです 行く予定でしたが タイ政府には 少々問題があると 聞いて 私は キャンセルしました 常に何かがあります 何かあるのです 今週 タイの 総理大臣と 約束をとるつもりで いました 今はできません 彼らには何らかの 問題が 政治的な 問題があります 安全でないとか何かで キャンセルされました とは言っても 彼らはオゥラック (ベトナム)難民問題を 考え直してくれます 少なくとも 彼らは子供のことを 考えてくれるでしょう 子供は 既に海外に 両親がいってしまった 未成年 または 離ればなれの夫婦の そんな感じです なので 何もないより ましだと言いました 彼らはすでに 人道的基準を 改善していて 恐らく さらに改善されます 私の質問は 世界に一つの国しか ないとしたら 彼らはオゥラック (ベトナム)難民を 歓迎し  国を発展させ そうしたら  あなたに経済的な 能力がうまれ 国連が それを 好まなかったら (そうです)私達は 何をすべきですか 私達全員が 毎日ここに来ると 思いますか その問題に対して 何かできますか 本当に望みますが 今日この話題をしたら 私達は異なる国から 来ているので 異なる組織から 来ているからです それが主要な 問題だと思います 行く場所や 経済的能力 皆さんは できると思います しかし 直面すべき 他の問題は 国連は私達に そうする許可を してくれません(ええ)

なので 私達は 何をすべきですか 香港は既に  私に手紙を書いて 私の番組にですが 香港から難民を 追い出す計画があり ええ いわゆる 「難民を移民させない」 計画があり 彼らは「経済的」と 標記していますが 既にご存知のように 五千年 誰も 貧困が原因で 国から逃げずにいます それで現在は 政府に 私は書きましたが 何度も拒まれました 例えば ある時 バハマが難民を 受け入れたいと バハマの総理大臣から 手紙がありました それで 香港が頼んで その時彼らは もちろん官僚制度で 長い時間がかかり 香港がそれを 考えるまで  首相は出かけてました それで香港は私達に バハマを通り 新任の首相と話して 新しい文書を得るよう 言いました ええ ご存じのように どんな首相であれ 彼と会見するのは どんなに難しいか 民間人として そして小さな団体でも 私達はしました バハマに急いで戻り 連絡を取る 努力をして それからいろいろして そして首相を 見つけました ですが当時 首相はプレッシャーを かけられ だからもちろん 交渉は失敗しました それが一つです そして先月 私は香港政府に 手紙を出して 「今 国を見つけ ました」と言いました 国名は言わずに 「そこは難民を 受け入れたいので 難民を香港から 連れ出す手続きを 教えてくれませんか」 彼らの返事は こうでした 「これは不可能です それはできません CPAに反します」 結局受け入れる国が あろうとなかろうと できないのです 香港は人々を 放しません それでここ数週間 次にどうすれば いいのかと 頭を悩ませています 皆さん私に聞いても 答えが出ません それでも国際的注意を 高める以外にはね 彼らのオゥラック (べトナム)難民を 支持する署名を求め 難民を受け入れる国が あったら 香港は彼らを そこに出すでしょう 現在それしか できません 次のステップは まだ分かりません それに私達はベス卜を 尽くすしかありません 分かりますね

私の能力 時間と 体力によってベストを 尽くすしかありません そして何が起ころうと これは私達の 世界の人々次第です 彼らは互いにどう 生きるか決めるべきで どう自身の良心に 顔向けすべきかを 決めねばなりません その他は私次第でない いいですかね お願いします ええ 私達がパリにいたとき 普通の人々がデモに はっきりと 反応を示したのが わかりました (そう) 彼らは状況を 理解しています (そうです) 感動します(はい) 実のところ 私達はとても意外に 思いました なぜなら多くの大きい メディア 政治家 官僚 NGO この問題を解決すべき 人達を含めて 私達が相談した時 これらの人達はどう することもできない つまり事を 進められないのです そうです 私が思うには たぶんヨーロッパで ユーゴスラビアの 戦争に対する 国連の処理法 またルワンダでも 国連に関して 不平の声が 不平の声が 上がっているので 彼らは自身の責任に 立向えなくなった事が 明らかになったのです 私達が定期的により 多くの人を街に出して より多くのデモを より多くのデモを することに成功したら 少しは状況を 変えられるかも その前に 私達は調整と あなたからの 強い指導が必要です 組識的にNGOと 接触し協力して はたらくために NGOだけでなく この運動を支持する 一般の協会にも 一般の協会にも (そうです) どう思いますか そうですね 私達は常に 連絡しあって 仕事しましょう 今夜だけでなく そして何かの情報が あれば 皆さんに ファックスします 私達は常に皆さんの 支持が必要です 私の友人や弟子など 近くにいないのに 遠くからいらして 本当に感謝致します ありがとう フランスの人達 いいでしょう 私達の番組と 答えに 全部満足でしたら 皆さん自由です 解脱しれました (ありがとう) 私達と連絡し皆さんの 精神で支えて下さい これら不運な人々が 家を見つけるまで 祈ってください 祈りだけでも 助かります 有難う

ありがとう 皆さん ありがとう 尊敬すべき国会議員と 国大の議員の皆さん ありがとうございます 今まで残って下さって とても感謝します 今日の私の瞑想で あなた方二人を助ける よう神に祈ります ありがとう感謝します

質問はありません

パリから来ました

パリは (自由です) 人権と自由の都市です (本当ですね) まず 私達と一緒に 数日間いてくださって ありがとうございます 神は天国ではなく 地球にいると 教えて下さいました (そうです) 神は私達で (内面に) あなたです 私達のどちらもです 私達どちらの内面にも 神の分子があります 質問はありません マスター これが提案です 五時間以内に台北から 生中継ラジオで 「今この場で」で放送し あなたがフランスに 来てくださるなら 八十万人の聴視者を 提供しますよ

でも もちろん ありがとうございます でも もちろん 私も感謝します ここに参加して下さり そして常に 支援していただき 感謝します とてもご親切です

どの仏人とも同じです

 
全ての番組を検索
 
 
一番人気
 道士 柴 鄭 珍の物語 2/2 二〇〇八年九月九日
 指導者の本拠のための吉祥地、世界平和への恩恵 1/2 二〇一一年八月二四日
 私達の未来を守る指導者たち:気候変動の速度と優先事項1/7 英国 二〇一〇年十一月三日
 黄金時代への人類の跳躍 -ワシントンDC気候変動会議 第一部/10  二〇〇九年十一月八日米国
 「子供達の健康と持続可能な地球」済州島国際会議 第一部/8 二〇〇九年九月二一日 韓国 済州島(英語)
 美しい星への解決法 1/9 二〇〇九年八月十五日 タイ ノンタブリー
 地球の結束:共に生命を救う 第一部/8 二〇〇九年十月三日 香港
 在世の生けるメシア 1/4 米 、ハワイ 一九九四年九月三日
 国際人権会議 1/5 一九九四年五月二五日フォルモサ(台湾)台北(中国語)
 Save Our Earth Conference 2009 P 1/9 - April 26, 2009 Seoul, South Korea